青い果実の実る頃には

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映画から学ぶもの ~海辺の家~

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ネタばれ注意!


映画「ロッキー」シリーズのプロデュースを手掛けたアーウィン・ウィンクラー監督の作品である。
前から、観たいと思っていたが今まで見る機会がなかった。先日たまたまTHUTAYAにCDを借りに行った際に見ようと思い立った。

あらすじ
主人公のジョージは、海が見える崖に立つ、古い家に住む変わり者だった。犬を放し飼いにしたり、崖から海に向かって放尿するなど、近所からは煙たく思われている。
ある日、彼に二つの不幸の宣告が。長く勤めていた建築設計事務所からは突然解雇を告げられ、突然倒れて運ばれた先の病院では余命1カ月の癌であることを告げられる。
病院から帰ったジョージは考える。このままではだめだと。
離婚した妻とのこと、理解し合えない、手がつけられない一人息子サムとのこと、壊したいほど嫌いな家に住み続けている自分のこと。
そして決意し、妻と息子にこの一夏は、サムと二人でジョージの家で過ごし、その古い家を立て壊し、新しい家を建てるつもりだと告げる。ドラッグとパンク音楽が好きな息子は、父の突然の提案に猛烈に反対するが、ジョージは譲らず無理やり息子と同居を始める。
汚いガレージでの父子の生活を強いられ、争いの絶えない二人だったが、家を作っていくにあたって二人の、彼らを取り巻く人々の想いが変わり始める。(一部ウィキペディア参照)


この映画から感じたことは二点ある。
破壊することの大切さ
抱きしめることの大切さ
である。

一点目だが、この映画は物を破壊するシーンが多い。
ジョージは解雇を告げられた日、会社で自分が長年作った建築モデルを片っ端から壊す。また、サムと一緒に自分の家を壊す。
怒りのままに、色んな感情を体全身に乗せて物を叩き、潰し、壊す。始めはもったいないなーと思って見ていたのだが、なんだか見ているとこっちまでスカッとする気持ちになった。モノに囲まれた生活をする私にとって「空っぽになる」や「空虚さ」の感覚がとても新鮮だった。
モノはいつか劣化、老朽し、壊れる。モノはただのモノでしかない。そうとわかっていながら、人は記憶しておきたいがために大切に記録、保存しようとする(私もモノを捨てられないその一人だ)。しかし、モノを貯め込み過ぎるとかえって消化不良を起こしたり、モノが人の心を腐敗させてしまう。
縁を繋ぎとめておくことは大切である。しかし、時には断ち切ることも大切なのである。人も、モノも。
破壊は決して悪いことではない。腐敗は周りに悪影響を及ぼすが、破壊は新たな創造のスタートとして前進できるのだ。
モノに対しては、自分の手での破壊という行為が最良である。自分が愛用してきたモノの歴史に想いを馳せながら壊し、処分しよう。どうしても記録しておきたいのであれば、その物があったことを示す写真を取って、小さくして保存すればいいのだ。
そういう風に述べた私自身、早くロフトに溢れた数々のモノを自分の手で処分しなければ。断捨離の精神を持って「無」をつくりだそう。

二点目。ジョージは息子と、妻と、家造りに関わってくれた人たちとハグをする。抱きしめ合う。日本ではなかなかお目にかかれないことだ。気恥ずかしいという思いがあるのだろう、特に異性同士では滅多なことがないかぎり他人同士で抱き合うという行為はないのではないか。文化の違いである。
しかし、観ていてとても温かく、愛を感じてしまう。言葉だけでは絶対に伝えられない、表面的な感情を超えた何かがその行為の中にある。
人は決して理解し合えない。だけど、抱き合い、体を触れ合わせる行為の中で、何かを共有し、一つになれたという喜びを見出せることができる。心安らぐ、まさに人を安心させる最良の方法ではないだろうか。その意味でハグはとても大事なことだと思った。


最後に感動したシーンをどうしても書いておきたい。

お互いの存在を認められるようになってきた時、ジョージはサムに自分が癌であることを告げた時。
息子サムは泣き叫んでこう言う。
「あんたはとんだクソ野郎だ!俺を騙してたのかよ。自分の夢を叶える為に、俺に好きになってもらうように!」
それに対し、ジョージは「違う・・・。愛してほしかったんだ」と。
サムが最後に「そうか、よかったな!願いが叶ったんだからよ!」といってガレージを飛び出した。
どうでもよかった父親だった。自分さえよければいいと思っていたはずだった。
それなのに、父と向き合い、父を憎む自分と向き合い、父を、自分を認められるようになった。父の存在の大きさを知り、大切だと思えるようになった。気付いたら、彼女の家の階段でぼろぼろと泣き崩れている自分がいた。
私は、その感動的で残酷なシーンにすっかり打ちのめされてしまった。今も、思い出しては心が震えてしまうのだ。

きっとサムは未来の子供に自分の父親の話をするときにこう言うんじゃないだろうか。
「親父のことは殺したいほど憎んでいたが、同時に愛しすぎていたんだ。」
サムに語ったジョージと同じように。
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by komei115 | 2011-11-25 18:01 | Movie