青い果実の実る頃には

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日日是思慮&映画から学ぶもの ~動物映画シリーズ~

正月特番が相次いで放送される中、私は東京MXというチャンネルにて「クヌート」、「earth」、「皇帝ペンギン」それぞれのロードショーを見ていた。
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こうやって少しずつ流行に、時代に乗り遅れて行くのだろうか。▼それはいいとして、「世界まる見え」や「どうぶつ奇想天外」など、動物の生態系を描くテレビ番組や映画は昔から大好きだった。特に、そういった動物番組の中でも、英国国営放送「BBC」と、「ディスカバリーチャンネル」が共同制作し、動物と人間、それを取巻く環境をテーマとした専門チャンネル「アニマルプラネット」は今でも実家に帰ると必ず一度は観る。▼今回の3本の作品はどれも初めてみるものだった。「earth」は前から見たいと思っていたが、機会がなく丁度良かった。それぞれ作品を見て、自然を生きる厳しさや球温暖化を始めとした自然破壊問題、動物と人間の共存の在り方について考えさせられたと同時に動物に癒された。動物自体愛らしいのだが、なぜ、こんなにも幼児期の動物は可愛いらしいのだろうか。陸上で最も強い動物ホッキョクグマでも子どもはまるでぬいぐるみの様に可愛らしい。無垢な瞳と小さな体型、あどけなさ、世間を知らない危なっかしい行動と、それと同時に見せる懸命に生きる姿。ついついいたずらも見逃し、温かく見守っていたい衝動に駆られる。▼動物の子どもは自分で生きて行く術がないため、守ってもらうように本能的に可愛いと喚起されるような容貌で生まれてくる。だから、当然親は子を必死で守ろうとするし、可愛がり、しつける。それは殆どどの動物でも同じ行動を見せる。しかし、他の種の動物の子どもを見て可愛いと思うのは人間だけか。確かに肉食動物だったら他の種の子どもなんか平気で食べたりもするが、その中でも子に愛情が湧き、育てるモノもいる。歴史上、狼や猿に育てられた人間もいたという事実もある。どんな形であれ、保護し、次の世代を築いて行く。この営みは自然の摂理と呼べる。▼では、人間による動物の保護はどうだろう。動物園で飼育し、もはや野生としてでは生きられない姿にしてまで保護することは自然の摂理といえるのか。「クヌート」を観て思ったのだが、クヌート(2006~2011)はベルリン動物園で飼育されたホッキョクグマが育児放棄をしたために、人工的に育てられた。これに対し生かすか殺すかで議論が分かれたのであるが、人工的に飼育を続けて行くことで決着がついた。生まれた以上、その生命には生きる権利があり、私たち人間が発見した以上、先に述べた自然の摂理により育てるという行動をとっても何らおかしなことではないと思う。それには異論がない。▼しかし、自然破壊による絶滅から守るという大義名分で動物を保護するのはいささかどうかと思う。それは、人間の手によって、自然を破壊した結果にある種の絶滅がであるのであって、その反省を生かして自然を守る責任はあるが、人工的に動物を育て、繁殖させる行為は傲慢でしかない。それこそ生態系を乱し、動物の命を軽んじているとしか思えてならない。動物愛護団というものがあるが、あまり信用していない。「愛護って何様だよ」と言いたくなる時がある。まるで、生かすも殺すも人間次第だという慢心さが見え隠れしているように映ってならない。人間のペットとして人間が責任もって死ぬまで面倒をみるというのであれば良いのだが、「ペットではなく野生として」「自然に帰してあげよう」みたいな感覚が我慢ならないのだ。▼「動物虐待」や「食」についてもそうである。人間に危険を及ぼす野生の動物が街に出没した、犬やクジラ、イルカを食べる習慣がある国がある、等の話が出た時に、「殺すのは良くない」「食べるのなんて間違っている」という人がいる。では問いたい。あなたは熊が襲ってきたら黙ってるんですか?あなたは菜食主義者なんですか?家畜の肉を食べたことは一度もないんですか?危険を回避するため、生きるため、排除したり食べるといった行為は種の保存という自然の営みの中で必須なことである。特に「食」という意味で動物を殺すのはそれぞれの国の文化であり、同じ生命を断つという点では何ら変わりがない。私は寧ろ人間に狩られた動物よりも、人工的に食肉用として繁殖させられた動物たちの方が不憫でならない。それでも生きるために私たち生物は他の生物を排除し、食すのである。▼動物同士、地球という恵まれた自然の中で共存していくために、人間も同じ動物として一旦目線を下げ、時には割り切るということも必要である。そして、そこから人間として他の種を守るという意味でなく、自然を守るために何ができるかを考えることこそが重要なのだと信じたい。
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by komei115 | 2012-01-06 23:15 | Movie