青い果実の実る頃には

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映画から学ぶもの ~ 卵・ミルク・蜂蜜 ユスフ三部作 ~

ネタばれ注意!

072.gif072.gif072.gif072.gif☆  3.9/5

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切り取られた映像は、どれも叙情的で、秀逸。それはまるで、全てが一遍の詩であるかのようだ



今回は、現代トルコ映画界を代表するセミフ・カプランオール監督による「卵」「ミルク」「蜂蜜」のユスフ3部作を一度に紹介したい。

「卵」
第60回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した「蜂蜜」(2010)へと続く、“ユスフ3部作”の第1作目。
イスタンブールで暮らす中年で詩人のユスフが主人公。母親の訃報を受けて何年も帰っていなかったユスフは故郷に戻る。古びた家ではアイラという美しい少女が待っており、自分の代わりに5年に渡って母の面倒を見てくれていたことを知る。アイラから告げられた母の遺言を果たすためにユスフは彼女と旅に出る。しかし、それは自身の内面やルーツをたどる旅でもあった。

「ミルク」
ユスフ3部作の第2作目。第28回イスタンブール国際映画祭の国際批評家連盟賞、審査員特別賞の受賞作。
高校を卒業したばかりのユスフが主人公。詩を書くことが好きで、文学雑誌に発表して自身の作品が載ることを夢見る。しかし、家計は苦しい。母との二人暮らしで、彼の書く詩も、母ゼーラと共に営んでいる牛乳屋も生活の足しにはならない。そんな中、母と町の駅長との親密な関係を目撃したユスフは当惑する。幼少期の病気も重なり、彼の中で不安が広がり始める。先行きの知れない未来に向かって大人への一歩を彼は踏めるのだろうか。

「蜂蜜」
第60回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したユスフ3部作の完結編となる第3作目。
6歳で少し吃音のあるユスフは森林に囲まれた山岳で両親と一緒に暮らしていた。そんな彼は養蜂の仕事をする父と森で過ごす時間が大好きだった。優しい父をだれにも渡したくなかった。そんなある日、森のハチが姿を消してしまい、父はハチを捜しに森深くに入っていく。その日を境に、ユスフの口から言葉が失われてしまった。やがてユスフは、父を捜しに一人で森の奥へと入って行った。


切り取られる映像が実に抒情的で詩的。世界観の美しい作品だ。
3部作ともに面白くはあったが、特に3部作目の「蜂蜜」は非常に感銘を受けた。幻想的で永遠と続く美しい森を舞台で、決して戻ることのない最愛の父を待ち続ける6歳の少年ユスフ。彼の成長を通し、人の心の機微や親子の絆が情感豊かに描かれている。心寂しくも、残された母を守るために大人への第一歩を踏み出す少年のけなげな姿を、神秘的な映像美とともに映し出したそれは、どこをとっても絵画になる。
しかしながら、どうやら私は映像の迷路の中に迷い込んでしまったらしい。物語が1部、2部と進んでいくにつれユスフが中年、青年、少年と年が若くなっているはずなのに、世界の時間とズレがある。中年のユスフが現在だとしたら、そこから20年ほど前の青年時代の「ミルク」で最新の携帯を使っているユスフがいるし、「蜂蜜」では少年ユスフが「2009年の~」みたいなことをしゃべっている。いったい、ここはいつの時代のトルコなのだろうか。いつまでも豊かな自然は残り、ユスフだけが年が幼くなっていくように見える。また、いろんな時代のユスフがちらちらとダブる。見ていて幻想の世界に導かれるようだった。
内容は限りなく深く、神秘的だ。作中にいくつものメタファーが提示されている。蛇を吐き出す女、巨大なまず、コーヒーの残ったカップ、鶏を毟る母、枯れた古井戸に落ちたユスフ、停電、月、森、癲癇、詩、卵、ミルク、蜂蜜・・・。挙げればキリがない。私も未だにはっきりとしない部分がいくつかある(逆にはっきりとしないことが良かったりもするのだが)。トルコの文化、宗教を理解していたらもしかしたら少しは見やすくなるかもしれない。
この映画で一つのキーとなっているのがユスフとユスフの父の癲癇だろう。癲癇の病は父から子へと受け継がれたもの。癲癇とは、脳細胞のネットワークに起きる異常な神経活動のため癲癇発作を来す疾患あるいは症状である(一部の症状)。
彼の場合、思うに言語が原因であろう。ユスフは、少年期に言葉を失う。それで彼の中で言葉は膨大に溢れ、それでも口に出して発することができないので、行き場を失った言葉が彼の頭に散在し、内在したままなのだ。この時代を経たからこそ、青年期になって詩が書け評価されるようになり、彼自身も吃音や失語症から解放されたのだろう。しかし、ふと不安が広がると一気に彼の中で言葉が溢れ、処理しきれなくなって癲癇を起こすのだろうと考えたい。
彼の目から見える世界は非常に詩的だ。今でも、父の幻想を追っているのだろうか。ノスタルジーな世界に見ている私たちの心までも浄化され、回帰していくようだ。いつまでも心に余韻が残る映画である。
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by komei115 | 2012-04-16 21:53 | Movie