青い果実の実る頃には

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映画から学ぶもの ~マイ・バック・ページ~

ネタばれ注意!

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1969年。ベト戦と全共闘の激動の時代。暴力で何かが変わると信じていた時代。私たちはあの頃から何が変わり、何が変わっていないのか。何を得て、何を失ったのか。何を学び、何を学んでこなかったのか



「リンダ リンダ リンダ」の山下敦弘監督が、元「朝日ジャーナル」記者川本三郎のジャーナリスト時代の経験を記したノンフィクション「マイ・バック・ページ(Bob Dylanの「My Back Pages」が元)」を映画化した。社会派エンターテインメントという枠組みの中、理想に燃える記者が左翼思想の学生と出会い、奇妙なきずなで結ばれていく個人の物語が描かれており、激動の時代を駆け抜けた若者たちの青春と詰めの甘い思想に走る危険性が浮き上がっている。

あらすじ
全共闘運動が最も激しかった1960年代後半、週刊誌編集部で働く記者・沢田(妻夫木)は、学生時代に先輩たちが安田講堂で必死に抵抗していたのを安全地帯から見ていたことにずっと後悔していた。学生運動がしりびになっていく中で、理想に燃えながら日々活動家たちの取材を続けていた。ある日、梅山と名乗る男(松山)が武装決起するということから接触を受けた沢田は、梅山の言葉を疑いながらも、不思議な親近感と同時代感を覚えてしまい、彼に肩入れするようになっていく・・・。



この作品で印象深かったのは、集団という大きなテーマの中でも個と個の物語を貫いたということ。叙事ではなく個の視点を強調したおかげで構図はわかりやすく、人物の内面まで描かれていて良かった。当時の空気を綴っただけの社会派映画に止まっていないのには評価したい。
キャストは特に、松山ケンイチのエセ革命家の演技が絶妙なものだった。迷走するもう一人の主人公の妻夫木もハマり役だったが、松ケンの存在が役柄抜きにして圧倒的に輝いていた。

舞台は1969年という一つの節目から数年間の時代。日本万国博覧会EXPO'70が開かれ科学と文明に満ち溢れた未来が想像される中、海外ではベトナム戦争が激化し、国内では反戦運動や全共闘運動、三島由紀夫の切腹事件、連合赤軍の左翼過激派による内ゲバや浅間山荘事件、よど号等ハイジャック事件が相次いで起こった時代。それはまさに激動の時代である。
当時の社会の構図としては、出鼻のブルジョアとプロレタリア、フーテン、ヒッピー、貧乏なノンポリ学生、インテリの革命家(そんな簡単に区別できることではないが)。しかしながら、今の時代とは比べ物にならないくらい国民、特に学生を中心とした若者はそれぞれ思想を持ち、行動していた。
沢田はジャーナリストでありたいと情熱を持って駆け回るも若さゆえ思慮を欠く言動、行動が目立つ。梅山は意気揚々とユートピアを語るも、セクトを作ってその後どうしたいのか、結局何がしたいのか現実の未来が見えず欺瞞に溢れている。その二人の人物像は1969年後当時の若者の象徴であり、社会の象徴でもあろう。
作中出てくる「箱の中で死んでいた子ウサギたち」は1969年の運動で国という権力に負けて挫折に散った東大学生たち(あるいは権力に抗うことのできない国民たち)だろう。そういった連中にならないように自分たちは成功すると血気盛んに組織を作るがどれも「中途半端」それに尽きる。マルクス、レーニン、毛沢東、チェ・ゲバラ・・・。全てが中途半端に彼らのインテリジェンスを取り込み、思想を形成してしまった結果、最後はやけっぱちの暴力に打って出てしまったのだ。挙句の果てに「国家の暴力に対する暴力」と暴力に正当性を用いる始末。確かに暴力には個人の暴力と国家の暴力の2種類あるのかもしれないが、とどのつまり被害は個人に還元されてしまう。どんなことであるにせよ暴力を肯定してはならない。
彼らインテリの指導者たちは革命、変革と叫んでいたが、結局のところどう社会を良い方向に導きたいかではなく、歴代の革命家たちと肩を並べられるほどの大物になりたかっただけ、あるいは個の不条理な世界を暴力でぶっ壊したかっただけなのだ。かくも、当時の彼らの言葉を借りて言えば非常に「ナンセンス」な結果に終わってしまった。

ここで、マスコミの存在と責任は限りなく大きい。
当時、若者の象徴は「左手にジャーナル、右手に週刊パンチ」と言われていたが(右派、左派の意味だろう)、当時のインテリジェンスの源である出版社が出してきた作品はこの時代に何をもたらしてしまったか。国民を行動へと駆り立てる補助を一方で、インテリかぶれの劣悪な「教祖」を生み出すプロパガンダになり下がりはしなかったか。国民の知識の芽を育てる担い手として、どこまで踏み込むかそのぎりぎりのラインを見定めることが重要だったはずである。
若者の政治意識の低下と、少子高齢化により牌が減って若者が自然とマイノリティーになってしまう今日。その一方で、ネットの普及により情報の多様化が爆発的に進んでマスコミ業界が不振の今日。ここでもう一度マスコミの力を信じたい。正しい情報の公開とニーズに合ったインテリジェンスの普及、ネットによる二次的サービス。アプローチとして改善できることはまだまだあろう。そしてなにより国民の知識の芽を育てる担い手ということを改めて自覚すべきであり、一思想を貫く姿勢でもって信用を勝ち得る必要がある。

これは、力及ばずして倒れることを辞さない、大いなる挫折の詩として響く負の青春映画である。この負の歴史からもう一度、私たちは多くを学びとらなければならない。
当時の若者たちを駆り立てた大きなモノは何か。それは安全地帯からの傍観者であってはならないという、「うしろめたさ」だろう。あれから40年。今となっては冷めきっていて牧歌的。同調を好み、でしゃばることの「うしろめたさ」の方が強いだろう。暴力に訴えてはいけないが、もっと怒っても良いのではないか。
どうか今を生き、そして未来を生きる若者達に響いてほしい。そして、何よりも語り伝えることを放棄した団塊の世代は、目を背けないでほしい。過激な暴力へと傾斜し変革の芽を摘んでしまった時代の生き証人達は、ラストの沢田のとった行動と心情に同化するかもしれない。


―追記―

昭和から、特に安保闘争後の時代から学べることはまだまだ数多くあるだろう。
今後は、昭和史を参考に全共闘世代後の失われた世代(ロストジェネレーション)など、世代の感覚の変遷などをもっと詳しく知りたい。そして、1969年にコミットメントした村上龍とデタッチメントした村上春樹についての両作品をこれから注意深く読んでみたい衝動に私は駆りたてられている。
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by komei115 | 2012-04-21 23:19 | Movie