青い果実の実る頃には

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映画から学ぶもの ~永遠の僕たち~

ネタばれ注意!

072.gif072.gif072.gif☆☆  2.6/5 

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人の死と、自分の死。それは私たちの生活からは切っても切り離せない。死ぬまで楽になれない押し寄せる不安と悲しみ。どうか、この不安や悲しみだけを取り除いてはくれないか



「ミルク」で有名なガス・ヴァン・サント監督による青春ドラマ。第64回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で高い評価を得た作品。葬式に参列することを日常とする青年と、不治の病に侵された少女の恋が繊細に描かれている。そして、主人公ら2人を見守る重要な役に、加瀬亮が出演しているのがとてもシュールだ。

あらすじ
交通事故によって両親を失い、自らも臨死体験をした少年イーノック。彼は心を閉ざし、学校にも行かずに彼だけにしか見えない死の世界から来た青年ヒロシ(加瀬亮)とゲームをしたり、他人の告別式に参列したりして遊んでいる。そんな彼の日常に、不治の病によって余命僅かな少女アナベルと出会う・・・。



とても不思議な映画だった。ファンタジーなのか、ヒューマンドラマなのか。第一にヒロシの存在が謎だ。彼は一体何の目的で、この地に来たのかが全く分からない。とてもスピリチュアルだ。日本の「礼」や「畏敬」をイーノックに教え、「腹切り」、「バンザイ」、「カミカゼ」を説く。
イーノックが死を軽んじ、その一方で両親の葬儀に立ち会えず、さよならを言えなかったことを悔やんでいたからこそ、ヒロシの存在が選ばれたのは何となく理解できる。彼以外は誰も見えていないのに、アナベルが途中からヒロシの存在を彼と共有するのも、彼女が死の宣告により生を冷めた目で見つめていることが原因だろう。
しかし、これが100%ファンタジーの世界で物語を進めるなら話は解るが、現実の死というものに直面し、自らと向き合っていく大事なアクションをスピリチュアルに求めて、それも突拍子で何の脈絡もない日本兵の幽霊ヒロシで良いのかと問いたい。彼らにはヒロシの教えがあったから良いが、幽霊が見えない人にとってこれが子どもたちの成長であり青春であり、そして「永遠の僕たち」であるとの提示はあまり評価できない。
私はきっと頭が固いのだろう。きっと100%ファンタジーの世界で見なければならなかったのだ。

逆に評価できるのは、他人と自分の死をどのようにとらえればいいかの葛藤だ。子どもゆえに、人が死ぬことを自分で処理、浄化できず、その責任を周りに押しつけてしまう。諦めてるように見えて、実はショックを抱えフラストレーションが溜まっている。
大人でさえ、消化しきれる人なんていないのに、子どもにはとても酷なことだ。わかっていても、わからない。子どもたちの行動は、観ていて胸が締め付けられる思いがした。

死に対する残された者たちの感情は永遠のテーマだ。ここで、葬儀と墓の霊の重要性について考えてみたい。
イーノックは両親の葬儀に出られず、ずっと悔やみ続けている。私たちも大切な人が死ぬとき、葬式の時に出席できなかったとしたら同じように悔やみ続けるかもしれない。
しかし、さよならを言えるのは臨終や葬儀の時だけではない。臨終はともかく、葬儀は単なる社会上の形式でしかないはずだ。亡骸は亡骸でしかなく、死んだ人は葬儀にはいない。葬儀に出席した人が遺体を擬人化し、作り上げているだけだ。そして墓にも、骨壷の中にもいない。
故人はいつだって自身の記憶の中にいる。したがって、自分が内なる旅をする中で、別れを告げられればいつでも浄化はできるはずである。
しかし、それがうまくいかないのは、「忘れる」という不安や「会いたい」という寂しさが不意に何度もやってくるからだ。だからこそ人は、葬儀という形で一度区切りをつけ、墓という記録を作っていつでも故人を思い出せるようにしてきたのだろう。そして、時代が進むにつれて肖像画を描いたり、像を作ったり、写真や音声、映像を撮ったりと、記録の残し方のレパートリーは増えてきた。
人は何かを記憶しておきたいと思う。だから忘れないように記録する。そしてそこに何かを手向けるのは、相手のためというよりも自身の心の平穏を保つためであり、人間の自己防衛という本能的に備わった行為だろう。だからこそ葬儀や、墓の存在は私たちの生活に必要不可欠なものだ。
霊も同じだ。実際に霊がいるのかいないのかの存在が問題ではない。大事なのは、その不確かなものに人が意味を持たせるかどうかだ。いると思えばいるし、いないと思えばいない。意味を持たせることによって初めて人は霊の存在を認識できる。認識することで救われ、そして日常を畏怖し、畏敬することができる人がいる。
霊や神というスピリチュアルなものもまた、私たちの生活にとってなくてはならない存在である(陶酔するのはどうかと思うが)。

この映画は死というものについて考えさせてくれたわけだが、私がこのテーマでお勧めしたい映画は「歩いても歩いても」という是枝裕和監督の作品(2007)である。

072.gif072.gif072.gif072.gif☆  4.3/5 

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この物語で樹木希林が一羽の蝶を見て「きっと○○よ」と信じ、認識するシーンが何とも忘れ難く、心に残っている。良作でお勧めの一本だ。
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by komei115 | 2012-04-24 16:17 | Movie