青い果実の実る頃には

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映画から学ぶもの ~wonderful world~

ネタばれ注意!

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2009年度公開作品(日本未公開。FC2動画などネットで視聴可)
オフィシャルサイト
http://www.wonderfulworldfilm.com/



嫉妬、憤怒、暴力、疑心などと同じように現実を悲観することは容易い。しかし、悲観からは何も生まれない。そこから何かを望み、求める行動に移すことで奇跡は起こり、自分の見る世界は変えられるのだ




Joshua Goldin監督(初見)による、一人の悲観的思考を持った男が、友人の病気、ある女性との出会いを通して社会を見つめ直し、再起していくヒューマンドラマ。温かみがあり、スウィングした音楽が暗い映画をも優しく包み込んでいる。

主人公のベンは幼児向けのフォークシンガーだったが挫折し、その後8年間キャリア校正という仕事を誇りも、やる気もなくただ黙々と続けている。彼の人生はあらゆる面で低迷し、唯一の慰めは、彼の同居人であるセネガル人のイボウとのチェスゲームや様々な議論をすることと、離婚した妻との間にできた娘と週末に会うことだった。 しかし、唯一の友人イボウが糖尿病によるパニック障害で意識を失ってしまう。夢も希望も失った彼のもとに、イボウの妹が訪れ・・・。


だれもが共感できる物語じゃないだろうか。
それほど、この現実の世の中を生きることは難しい。誰もが死という現実的絶望を内在し、その限られた生の中で自身の不安、身の周りの不安、社会の不安と日々向き合いながら生きているのだから。
その不安をどう和らげながら生を活動させていくかが、それぞれの幸、不幸に繋がってくる。以前の話で例を挙げるとするならば、映画「セイジ ―陸の魚―」で述べた「見る」か「見ない」かの視点の取り方は、生活を決定させる大きな要素の一つであろう。
そして、本作ではどのように絶望的状況と向き合うか、決して幻想に逃げるのではなくて現実をどう生き抜くかという思考と行動について強い提示がなされている。
ベンの視点はとてもアイロニカルで、世界の物事を悲観的にしか捉える事が出来ない。彼の中で世界は濁りきった海であり、その中でどうやって死なないように息をしていくかということしか彼には考えられない。とてもネガティブでつまらない考え方だが、私にもそういった気質があるので彼を否定することはできない。
しかしながら、この映画で救われたのは、そのように悲観的だったベンがもう一度何かを求めて、それを行動に移そうとする「姿勢」だった。全てを「諦める」のではなく、何かを「望む」という姿勢が小さくはあっても奇跡を生み出せるのだということを教えてくれる。
悲観的な現実は変わらない。だからこそ自分で現実の「イメージ」を変えるのだ。突拍子もない夢や未来は理想という幻想でしかないが、自分の手が届きそうな範囲の望みは現実性を帯びた目標になり、社会に繋がる一歩を踏み出す勇気となろう。
そしてもう一つ重要なものである行動は、「諦めて」自分の殻の中に閉じこもっていては何にもならないということ。自分で自分を脅迫して作り上げた世界とプライドは捨てて、自分の身近に目を向けてみる。人に頼る。人に伝える。人に「望み」を吐露することで世界は広がり、自分の心もいくらか浄化されるはずだ。生活の基盤は人とのコミュニケーションにこそあるということを改めて感じさせられた。
“要するに”(この言葉は作中用いられるキーワードとして機能する)、「世界がどう映るか」ではなくて、自分が「世界をどう見るか」という意識を持ってして、そこから「自分が何を求めるか」という行動に移すことが、生きやすさ、幸せに繋がってくるのではないだろうか。

―追記―

映画を観終わってから初めてポスターを拝見したのだが、とても味がある。悲観的な表情のベンが、紙に書かれたスマイルの口を持っていて、まるで映画そのものを表しているみたいだ。これはラストのベンの姿だ。こんな感じの生き方もありなんじゃないかな。
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by komei115 | 2012-04-29 22:56 | Movie