青い果実の実る頃には

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映画から学ぶもの ~奇跡~

ネタばれ注意!

072.gif072.gif072.gif☆☆  7/10

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2011年公開(レンタル可)



“奇跡”。それは小さくても子どもにとったら計り知れないほどの大きな力となる。平成の「スタンド・バイ・ミー」ともいえる本作を観て、もう一度“奇跡”を信じたあの頃を思い出してみませんか?



「誰も知らない」や「歩いても歩いても」の是枝裕和監督による、奇跡を信じる子どもたちの心温まる物語。2011年3月に全線開通を迎える九州新幹線を題材に、心が離れてしまった家族のきずなを取り戻そうと奮闘する主人公の少年2人は吉本の「まえだまえだ」の2人が熱演している。特に兄の航基の演技力は目を見張る。大塚寧々やオダギリジョー、樹木希林、橋爪功ら脇を固めた大人たちの演技も見ものだ。

あらすじ
離婚した両親の都合で福岡と鹿児島に離ればなれになった兄弟。もう一度やり直し、再び家族4人で暮らすことを夢見る兄の航一(前田航基)は母親と祖父母と鹿児島で生活を始めている。福岡で父親と暮らす弟の龍之介(前田旺志郎)と連絡を取り合い、家族を元通りにしようと頭を悩ませる航一は、九州新幹線全線開通にまつわる「奇跡」を聞きつけ、ある計画を立て始める。


「九州新幹線の一番列車がすれ違う瞬間を目撃すれば、奇跡が起きて、願いが叶う」。だれが言い始めたかわからないほどの小さい伝説。しかし、そんな小さな奇跡が、鹿児島と福岡に住む小学生たちを熱狂させ、映画「スタンド・バイ・ミー」の少年たちの旅にも似た冒険を呼び起こす。冒険は少年少女らを一回り大きく成長させてくれる通過儀礼だ。見終わった後に残るほのかな余韻は、彼らの心の変化や小さい奇跡から得られた成長を見届けられる歓びに起因している。
両親の離婚によって鹿児島と福岡へと離ればなれになった大阪出身の兄弟を軸に、2人の家庭生活や学校生活を丹念にすくい上げている本作は、「誰も知らない」子どもたちの生活をリアルに切り取り、「歩いても歩いても」で家族の情景を鋭く捉えた是枝監督の延長線上にあろう。
この二作品に比べると、本作は若干見劣りするものの、それでも人の豊かさの帰着点は小さな「物語」でしかないのだということを考えさせられる。

「奇跡」って何なのだろうか。
本作では新幹線が重なり合う瞬間という「奇跡」を目にすべく、子どもたちは旅に出るのであるが、私はその「奇跡」の瞬間は大して重要じゃないことのように感じた。寧ろ、計画を思い立ったその時から始まり、福岡と鹿児島の小学生が偶然出会ったり、警察に保護されそうになったところを偶然とある老夫婦に助けてもらったりしながら旅をして家に帰ってくる。そしてその後続くそれぞれの物語全てが「奇跡」ではないだろうか。
私たちは大人になるにつれ、永遠のように続く日常の中でしばしば「奇跡」を忘れがちになる。それどころか、「奇跡」という言葉を口に出すのが恥ずかしくさえなる。日常とは厄介なものだ。すぐに記憶を風化させ、無感動にさせてしまう。しかし、思う。もしかしたら、日常を日常として消化させてしまう私たちの意識の低下に問題があるのではないかと。
視点を変えてみる。すると、日常の中にも小さな「奇跡」がいくつも転がっていることに気づかされる。人に会って話をする。素敵な本や映画、音楽にめぐり合う。育てた植物が花を咲かせる。飼っている動物の愛らしいしぐさを目にする。体の調子が良い。おいしい料理が出来上がる・・・。私たちの住む日常とはいわば奇跡の連続なのであり、決して変らぬ日常である日はないのだ。
先にも述べたが、人の豊かさの帰着点はそれぞれ個の描く「小さな物語」でしかないと考えている。その物語を形成するためには人と繋がったり何かとめぐり合ったりというスパイス、つまり「奇跡」が必要だ。
奇跡は待っていても何も起きないし、諦めた時点で消滅する。自らが願い、行動を起こすからこそ起きるのだ。
「奇跡」の力を信じ、幅広い視野可能性を思考し行動に移す力、そしてそれらを愛でる心を持ちたい。そうすることで今を生きる私たちの世界が埋め尽くされ、満ち満ちと輝き始めよう。
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by komei115 | 2012-06-19 22:57 | Movie