青い果実の実る頃には

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映画から学ぶもの ~ものすごくうるさくて、ありえないほど近い~

ネタばれ注意!

072.gif072.gif072.gif072.gif☆  8/10

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少年はビルから飛び散っていった父との「8分間」を永遠のものにするために旅に出る。しかし、その中で手に入れたモノは「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」モノだった



ジョナサン・サフラン・フォアのベストセラー小説を、「リトル・ダンサー」「愛を読むひと」のスティーヴン・ダルドリー監督が映画化した。大好きな父親を9.11のアメリカ同時多発テロで亡くした少年が、父親の残した鍵の謎を探るべくニューヨーク中を奔走する姿を描くヒューマンドラマ。意識に過剰に束縛されながらも力強く成長する主人公の少年には、映画初出演のトーマス・ホーンを抜擢し、トム・ハンクスとサンドラ・ブロックが両親役を務める。

あらすじ
9.11の同時多発テロで、大好きだった父(トム・ハンクス)を亡くした少年オスカー(トーマス・ホーン)。ある日、父の部屋に入ったオスカーは、見たことのない1本の鍵を見つける。その鍵に父から何かメッセージが託されているかもしれないと考えたオスカーは、この広いニューヨークで鍵の謎を解くため旅に出る。


はじめに述べておくが、この映画は9.11の悲劇から導かれる、その後のアメリカの行為の正当性を謳ったものではない。したがって観る側も、この悲劇を目の当たりにしたことで個人から国の悲劇へと飛躍し、感情を左右されることがあってはならない。これは、あくまでも大好きだった父を亡くし、遺された少年がその「死」を受容するまでに必要な再生へのプロセスを描いた個の物語である。
さて、遺された者はどう生きるか。最悪の悲劇に立ちすくんだ者、不安な明日を生きていかねばならない者は、どういった再生を果たせばいいのか。

9.11がもたらした悲劇。大きな象徴であったWTCビルが見るも無残に崩れていく瞬間は、日本の田舎の中学生にとってフィクションでしかなかったが、アメリカ人にとって、世界にとってはあまりにも大きなものだった。その後長きにわたって行われた正義の鉄槌という大義名分のもとの復讐劇というのも「アメリカの脆弱さ」の表れだった。あの日を境に、アメリカが、世界の歯車が狂ってしまった。作家の村上春樹は語る。9.11後「僕らは間違った世界で生きている」と。9.11を境に非日常の誤った世界の中で生きることを強いられた私たちに救いの道はないのだろうか。

本作は、ある一人の少年の視点にのみ焦点を合わせ、ただ優しく、ひたすらに寄り添うことで、現代が求める物語へと見事に昇華させてくれた。
テロの犠牲となった父との死別。それは、11歳の少年にとってそれまで世界の中心を成していた存在が、突然姿を消したという受け容れがたい事実だけが心を支配する。遺体がないまま空っぽの棺で淡々と進められる行われる葬儀を嘘っぱちだと少年は看破する。そして、父と別れたということを理解できないまま深い喪失を抱え、生来のアスペルガー症候群にPTSDの嫌いも加わり、いつまでも悲嘆に暮れる。「太陽が爆発しても、地球からは8分間は同じ光が届く。僕の中で今、父との8分間がもうすぐ尽きようとしている。この8分間を僕は永遠のものにしたい」と嘆く少年が愛おしい。大好きだった父をいつまでも自分の中の光として灯し続けたいのだ。
そんなときに、父のクローゼットから1つの鍵と謎めくメモを発見する。謎を調査するのが好きだった少年。父が出す課題に目を輝かせて挑戦していたのを思い出す。この発見は少年の希望となった。「このカギに合うカギ穴を探す」。ニューヨーク中の鍵穴めぐりは無謀な冒険だが、周到に練った計画に従って、父からの声なき指令を必死に解読する少年の姿には見守ってあげたくなる心情を芽生えさせる。少年にとってそれはただの鍵ではなく、父の記憶や自分の心の施錠を開かせてくれるような存在に変っていた。
少年が闊歩する大都会の貌は、全ての音を拾ってしまうアスペルガーの少年にとって危険極まりないジャングルだった。市街の喧騒全てに恐怖し、タンバリンを鳴らしながら必死に歩く。その姿は、痛々しくも勇ましい。旅の途中、言葉を失った老人との出会いが、更に物語をふくよかなものにしていく。

父親に近づこうとする一方、母親との関係は日増しに悪くなり、心の距離が遠くなっていく。「ママがビルにいればよかったんだ」と不用意に傷つけてしまうが、それは破壊欲に内在する狂おしいまでの愛の欲求だった。
壁越しの「I Love You」が精いっぱいの彼の優しさ。それがまた心に沁みてくる。

さて、鍵は一体何を少年に与えたのだろうか。それは合致する鍵穴の中にある物でも、父との思い出でもなかった。鍵は一つのきっかけに過ぎず、探す過程で出会った人種も、性別も、心情も、髪型も異なる様々な人たち。そして、その人たちと苦手としていたコミュニケーションを果たし、その人たちとの9.11後の変化を分かち合った日々そのものだった。
少年は、だれしもが恐怖を抱え、それでも人と繋がることで前を向く。そして、そういった毎日の生活が奇跡であるということを知っていく。「最悪の日」の傷を癒すには、結局人と繋がるしかないのだと理解していく。それは、「父性」を心に染み込ませていくために必要な過程だった。
母の偉大さと自分に対する深い愛も知った。
それらは「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」ものだったのだ。
全てを悟った時、少年の目には迷いはなく、もう孤独ではなかった。いつまでも父の亡霊を引きずらず、父にさよならを言える準備が整ったのだ。
ここで大きな少年の心の成長が見受けられる。ブランコの下に貼られた父からの最後の手紙を読むシーンはその決定的な瞬間ともいえる。

ファンタジーだ、フィクションだと切って捨てればそれまでだ。しかし、このような出会いによって生まれる奇跡を信じ、煩くても人との繋がりを求める行動こそが切なく苦しく虚しい精神状態に打ち克つための最大の処方箋であり、今の不透明な社会を生き抜く強かさになるのだと信じたい。その意味で本作は現実的であり、21世紀の「スタンド・バイ・ミー」とも称せよう。
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by komei115 | 2012-07-05 22:36 | Movie