青い果実の実る頃には

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映画から学ぶもの ~銀河鉄道の夜~

ネタばれ注意!

072.gif072.gif072.gif072.gif☆  8/10

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1985年公開(レンタル可)

宮沢賢治の不朽の名作『銀河鉄道の夜』の映画。お馴染みのジョバンニとカンパネルラと一緒に銀河の果てまで旅に出る



いつまでも褪せることのない宮沢賢治の同名小説『銀河鉄道の夜』をますむらひろしがマンガ化し、それを原作として杉井ギサブロー監督のもと映画化された。登場人物のほとんどが人間ではなく猫のような姿で描かれている。音楽はYMOの細野晴臣が手掛けていることにも注目したい。

あらすじ
ジョバンニは苦しい家計を助けるために、学校が終わってから町の印刷所で働いている。遠洋漁業に出ている父が帰らないこともあってか、級友からはいじめられたり、からかわれたりしている。星祭りの夜、ジョバンニは届かなかった牛乳をもらいに町はずれの牧場へ行き、そこで夜の空から突然降りてきた銀河鉄道にいつの間にか乗りこんでいた。汽車には幼なじみのカンパネルラが乗っており、ふたりは色んなものを見たり色んな人に出会ったりしながら、不思議で幻想的な銀河の旅を続ける。しかし、ある時ふとカンパネルラが思わぬ告白をするのだった。


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今夏に『グスコーブドリの伝記』が公開されたが、ついに映画館に足を運ぶことはなかった。宮沢賢治は大好きで、ほとんど小説は読破しており、詩集も好んで読んだりしている。しかし、彼の作品の良さは映像化できない、無限の想像にあると思っていたので、どうも映画化されても見る気になれなかったのだ。
しかし、グスコーブドリの伝記の主人公ブドリのキャラクターを以前どこかで目にしたことに気付き、考えた結果『銀河鉄道の夜』の映画のジョバンニと一緒だったことがわかった。
この二作品は繋がっているのかと疑問を持ったら観ずにはいれなくなってしまった。そこで、グスコーブドリの伝記はDVDが出てから観ることにし、先に銀河鉄道の夜を観ておくことにした。

映画を観て驚いたのは、ホラー映画にも勝るほどの肌にザラザラと纏わりつくような「嫌な感覚」を持ったことだった。
小説でもそうだが、賢治の作品にあるのは童話の幻想的で魅力あるファンタジー性や教訓や感動だけではない。神秘や不思議なことに対する恐怖や畏れを事象や人物の言葉で巧みに表している。そう、賢治の作品をよくよく読んで想像してみると空恐ろしいのだ。それが一つの魅力に繋がっている。
列車の中ではちゃんと人間も出てくるのに何故主人公たちは人間ではなくて猫のような姿をしているのだろうか。そして、無限に続く宇宙空間や郷愁的で牧歌的な草原の風景を見て孤独を感じて恐ろしくなってくるのはどうしてだろうか。登場人物のちょっとした動作や言葉に恐怖するのはどうしてだろうか。
観ているだけで幻想の映像にびくついてしまう自分がいた。これはYMOの細野晴臣が手掛けた音楽の効果も高い。胸をざわつかせる様なBGMはこの作品においてとても秀逸であると感じた。
「映像はちょっと・・・」と思っていた私が見事に満足させられてしまった。とても上手くまとまっていて、小説の大事なところは抑えながら映画独自のスタイルで魅了させてくれるお勧めの作品である。
グスコーブドリの伝記の評価がどうなのかはわからないが、早く観てみたいものだ。

さて、それにしても改めて宮沢賢治という人物の凄さに驚かされる。彼はひょっとすると未来人ではないのかと思ったりもする。とても80数年前に出された作品とは思えない宮沢賢治代表作の『銀河鉄道の夜』。幻想的でいつまでも魅力が色褪せることがない本作は、色んな分野の垣根を越えて芸術家たちに影響を与え、彼らは踏襲し、オマージュしてきた。『銀河鉄道999』なんかはまさにそうだが、手塚治虫初めマンガ界では宮沢賢治の影響力というのは特に大きいだろう。いわば日本SFの先駆けと言っても過言ではない。それでも万人には理解されない部分があるかと思われる。よく芸術家などでは自分の死後に初めて作品が評価されることがしばしばあるが、彼の場合80年以上たった今でも本当の良さが理解されるのはまだまだ先の話ではないかと思ってしまうのだ。
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by komei115 | 2012-09-12 20:30 | Movie