青い果実の実る頃には

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~ 東京家族 ~

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映画

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2013年1月19日より全国公開中
詳しくはhttp://www.tokyo-kazoku.jp/

小津安二郎監督作の邦画史上最高峰『東京物語』。同じ題材に敢えて挑戦したのは評するが残念ながらその二番煎じでしかなれなかったか



『男はつらいよ』シリーズや『たそがれ清兵衛』、『武士の一分』、『おとうと』などで知られる邦画界の大御所山田洋次の監督81作目となるファミリー・ドラマは、巨匠・小津安二郎の傑作である『東京物語』のオマージュへの挑戦だった。瀬戸内の小島から上京し、自分の子どもたちと久々の対面を果たした老夫婦の姿を通して、現代日本における家族の在り方や絆などを見つめていく。

あらすじ
瀬戸内海の小さな島で生活している夫婦、平山周吉(橋爪功)ととみこ(吉行和子)。東京へとやって来た彼らは、個人病院を開く長男・幸一(西村雅彦)、美容院を営む長女・滋子(中嶋朋子)、舞台美術の仕事に携わる次男・昌次(妻夫木聡)との再会を果たす。しかし、仕事を抱えて忙しい日々を送る彼らは両親の面倒を見られず、二人をホテルに宿泊させようとするが・・・。


はじめに告白をしておく。私は、上映中嗚咽を我慢するのに必死になるくらい終始泣いてしまった。スーツ姿の若者が満員会場の9割を占める高齢者のおばあちゃま、おじいちゃま方達に紛れ咽び泣いてしまったのだからお恥ずかしい。
「おかしくて、かなしい。これは、あなたの物語です」。確かにそうなのだろう。私は妻夫木君に自己を投影し、その両親に自分の祖父母を投影してしまった。だからついついあらぬ想像で悲しみはひとしお膨らんでいく。涙はとめどなく流れ、嗚咽を堪えては「はふはふ」と息をして辛うじてやり過ごす。だが、それだけ。
作品として振り返ってみると、ところどころ気に食わない。本作には「おじいちゃまおばあちゃまが小津安二郎監督作の『東京物語』を懐かしみながら山田洋次節の笑いにつられ、共感し感動せざるを得ない作品として昇華されている」きらいがあり、それがどうしても拭えない。なぜだろう。それは役者の異様な台詞回しにある。
明らかに作中で彼らは「お芝居」を強いられているのだ。小津監督の『東京物語』をオマージュ、いや、リメイクと言っていい程に踏襲された台詞や芝居の間(ま)は、時代錯誤も甚だしく現代においてまるっきり現実味を帯びて来ない。まるで昭和前期の家族がそのまま現代で暮らしちゃっているという明らかなズレが生じている。
だが、それほどまでに小津監督にこだわりを見せているかと思えば小津監督特有の「引き」「ローアングル」というカメラワークはまるで面影を見せず、配役もいまいち(何故に西村雅彦と妻夫木聡が兄弟?残念だが、妻夫木よりも適した俳優はいたのではないか)だった。
そして、何よりも「ゆるやかに、しかしいつのまにか崩壊していく家族」を諦観の眼差しで捉えたことで普遍的な感動を与えてくれる『東京物語』も、本作では3.11の震災を使ったり、現代の生きづらさを強調させたりしたせいかそのテーマが主張してくることはない。もちろん、それが山田洋次監督オリジナルの『東京家族』であるのかもしれない。しかし、一若者としてはそのオリジナルな部分こそ気に入らないのだ。
平山老夫婦は子ども達、特に自立もままならない末っ子(妻夫木)をしきりに心配し、気苦労している。それは、現代を担う中年と、これからの時代を担う若者を心配している高齢者の目である。そして、現代の日本では、このままではいけないと愚痴る。だが、それでも最後は末っ子の付き合っている彼女(蒼井優)がとても清楚で出来た人だったので彼女に形見を、すなわち意思を託した。
私たち若者は唯一紀子(蒼井優)に救われたのである。なんだか釈然としない。
「若者論」はどの時代でも議論の的であったが、しかし、現代のその風当たりは強く感じてならない。世代の変遷を時代の流れそのものとして受け止めた小津監督に対して、山田監督は不安ながらも少数精鋭の若者たちに社会を託そうとし、それが希望なのだとしか私には受け止められなかった。
同じ題材だからこそどうしても比べてしまい、だからこそ私の目にはこの作品が小津監督の二番煎じにしか映らないのである。
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by komei115 | 2013-01-23 22:43 | Movie