青い果実の実る頃には

komei115.exblog.jp

項目に分けて日々思ったこと、書きたいことを自由に書いてます。意見、批判するコメントは大歓迎です。個人的な問い合わせはこちらまで。koumeipart115@yahoo.co.jp

ブログトップ

カテゴリ:Diary( 16 )


今日は久しぶりに江ノ島へと足を運んだ。
昼前に片瀬江ノ島駅に到着して、それから橋を渡って江ノ島へ。
快晴の空。快適な日差し。潮風香る吹きぬける涼風。人も良い感じに込み合っていて、まさに江ノ島日和。とても気持ちのいい日となった。

b0215567_223092.jpg


頂上へと登る最中、シャボン玉を飛ばしている女性が。そよ風に乗って薄い青空を漂う様は見ていて心が和んだ。それにしても、結構飛ばしている人が多かったが、シャボン玉ブームの到来なのだろうか。

b0215567_22114893.jpg


b0215567_22123936.jpg


さて、江ノ島と言ったら猫の楽園でもある。
ぶらーり、だらーりと横になって足を伸ばし塀の上でゴロゴロと日向ぼっこをしている。

b0215567_2218778.jpg


b0215567_22182838.jpg


そんな彼らのだらしない姿に胸がキュンとなる人々はカメラ・携帯片手に彼らを撮りまくる。猫の方も、まったく動じず、寧ろ「撮ってください」と言わんばかりに良い表情を見せてくれる。
動いている者は容赦なく人間に捕まる。撫でられ、掴まれ、抱きしめられ。それでもゴロゴロとのどを鳴らし、餌をもらって気ままな生活を送っている。
彼らはそうやって強かに生きている。
しかし、江ノ島に住む猫全てが捨て猫というのだから笑ってもいられない。
これが事実。捨てる人間もいれば、餌をやって愛玩道具のように可愛がる人間もいれば、「ネコ募金」を募ってなんとかしようとする者もいる。全てがエゴでしかない。
そんなことにはお構いなく、ただ優雅にだらだらと生きる彼ら自身が真実だ。

b0215567_22371920.jpg


b0215567_22373355.jpg


江ノ島タワーに上って世界を一望する。
北を見れば遠くに横浜ランドマークタワー、その遥か先に東京スカイツリーが見える。あんな高いタワーを作りり、巨大な都市を築くことができるなんて、一体人間はどこまで進歩するのだろうか。
反対に南を向くと、どこまでも海が広がり、水平線が見える。
海と空の青が混じり合う世界は本能的に懐かしさを呼び覚ます。
遠い原始の記憶。
母なる海の記憶。
もちろんそんな記憶は持ち合わせていないが、ときどき海を見ていると、そのまま飛び込んで海に抱かれてみたくなる感覚、衝動が湧く。

b0215567_22485828.jpg


島の裏側の洞窟まで足を進めた。潮が引き、磯には蟹の抜け殻が。触ってみるとふやけてて中身がない。上手く自分の皮から抜け出せるものだ。
是非その方法を私も享受したい。

帰りに食べたかった江ノ島丼を食べ、「えの・しま・どーん!」と叫んでみた(小声で)。
そして、音楽はスピッツの「空も飛べるはず」を聞く。
わかる人にはわかるだろう。どうしても、これがやりたかったのだ。すみません、ミーハーなもんで。

空が青から、オレンジ、紫と綺麗に染まり移っていくのを見届けて、家路に着いた。
ほど良い疲れ。潮の香りうっすら漂う体。全てがいとおしい。
江ノ島、最高!
[PR]
by komei115 | 2012-05-14 23:06 | Diary
今回で、長い長い森の旅もようやく終わりを迎える。

b0215567_21365338.jpg


b0215567_2137373.jpg


b0215567_21383028.jpg


ウィルソン株に辿り着いた。
折れた株にはびっしりと苔が生しており、長くこの大地に根を下ろしてきたのだなと思わせる。
中は空洞になっており、人が10人程入れる空間があった。
早速二人で株の中に入ってみる。
折れているのだから当たり前だが、天井が吹きぬけている。

b0215567_21391450.jpg


しかし、何とも見事なハート型である。
人が意図して作ったとしか思えない出来栄えだ。
優しく、時に厳しい自然が作り出す美は奇跡的だからこそ芸術とは違った美しさがある。
いつまでも眺めていたいと思うが、そうもいかない。
次はいよいよ縄文杉だ。
そう思って最後の小休憩をとっていると、近くでガサガサっという音が聞こえた。
また鹿か何かかと思って崖下を覗くと、動く物体は陸にはいなかった。木にしがみ付いている。
猿だ!屋久猿だ!
慌ててカメラを構えるが、動きが早過ぎてなかなかピントが合わない。

b0215567_2146502.jpg


一番良い出来がこの写真だ。猿を撮るのって難しい。もう少し技術があればと嘆いた。
しかし、これで屋久島に生息する動物は実物で見ることができた。運が向いてきているようだ。

b0215567_21411723.jpg


b0215567_21402680.jpg


b0215567_2140137.jpg


最後の写真は登ってきた道を振り返って撮ったものだが、段々と登りが急になっている。息を切らしながらも、面白そうな物を発見しては写真をパシャパシャと撮った。彼女が登るスピードと、私がカメラを撮りながら登るスピードが丁度一緒なので私は心置きなく写真を撮れて良かった。

b0215567_2142484.jpg


ここで、大王杉が姿を現す。

b0215567_21422088.jpg


b0215567_21423386.jpg


2ショットでも収まりきれない大きさ。これが縄文杉だといわれても何の疑いもないくらいだ。
これよりもすごい木って一体何なのだろうか。

次に見えたのは夫婦杉。

b0215567_2144615.jpg


b0215567_21441234.jpg


これまたなんともおもしろい杉の木だ。
夫婦杉とはよくいったものである。
しかし、私には夫婦というより、種別を超えた絆が見えたような気がした。

縄文杉までもう後100メートルを切ったくらい。視界が開けるポイントがあったのでそこから撮ってみた。

b0215567_21432648.jpg


それは、まるでもののけ姫の舞台そのものだった。今にも、そこかしこの木々の葉の間から「ことだま」達が現れ、一斉に首をカタカタと鳴らしそうだ。
見たことないのに、本能的に懐かしさを覚える不思議な感覚。
この光景は、とても感動した。強烈なまでの自然が、一気に私の目に広がる。これは、なかなか拝めない。
もう、涙腺が崩壊しそうだった。ゴールはすぐそこ。まだ、泣くのは早い。
最後の階段を上がる。すでに脹脛が痙攣を起こしかけていた。屈伸し、地面を蹴り上げる度にうっすらと鈍い痛みが体を走る。自分の体力のなさを痛感する。自分にも喝を入れるつもりで前行く彼女を励ましながら歩いた。彼女は本当に辛そうだ。
頑張れ。あと少し。
足元を見ながら、一歩一歩上がる。
足を上げるのが辛い。進むのが辛い。それでも歩を止めなかった。
すると、ふと階段がなくなった。
丸太で組まれた、ちょっとした広場に出た。
終わった。
はっとして視界を前方へと向ける。

b0215567_2146639.jpg


そこに、縄文杉はあった。
堂々と、誇り高く、確かに存在していた。
鳥肌が立つほどの鮮烈な存在感。
「私は、2500年以上も昔からここに立っている。おまえは何者だ?」
縄文杉が語りかけている。
私は何者だ?
何者でもない。
ただの人間で、ただの男。
私の人生など、目の前の樹に比べるとあまりにもちっぽけだ。
なんて馬鹿らしい。
気がついた時には、すでに涙が頬を流れ落ちていた。
膝の震えは、疲れているのか、畏れているのか、感動しているのかよくわからなかった。
しばらく震えは治まらなかった。


ここで、屋久島の旅の思い出を綴るのは終りにしたい。尺を取り過ぎたのもあるが、なんともキリが良い。
屋久島は縄文杉だけでなく、綺麗な川や海、空があり、とても自然に恵まれた島だ。シュノーケリングなどの海水浴も楽しかったし、宿の料理は絶品だった。人も気さくで温かい。
ありがとう、屋久島。
人生で一度は訪れたい島。
私は、もう一度訪れたい。
[PR]
by komei115 | 2012-02-03 23:41 | Diary

b0215567_1920471.jpg


b0215567_19205896.jpg


b0215567_19222593.jpg


朝の11時。歩きはじめて丁度4時間が経ったころ。私たちはようやく長い長いトロッコ道の終点へとたどり着いた。果てしなく続く線路も、いつか終りが来るのだ。
長い旅路だったが、これでひとまずトロッコ道ともおさらばだと、やっとのことで分岐点に到着できたことを喜び合う。そして、また気持ちを引き締める。大分体力が削られてしまったが、ここからが山登りのスタートであり、本番なのだ。まずはウィルソン株まで、そして縄文杉を目指す。
しばらく休憩して、脇にある階段道へと向かい、登り始めた。

b0215567_1936538.jpg


b0215567_19373443.jpg


階段を上り終わると、そこからはけもの道が続いていた。木の根が地上から盛り上がって生えており、その上を長い年月をかけて人間たちが通り、道となっていた。しかし、実は木の根を踏むと、根が傷ついて木の成長に悪影響を及ぼしかねない。あまりの多さに踏んでしまうことはあるが、なるべく踏まないように気をつけて歩く。

b0215567_22151161.jpg


しばらくして振り返ると、とても登りづらい道だということが分かる。数多くの石、木の根が行く手を阻み、くねくねと曲がりながら、転ばないよう足元に注意して登っていく。トロッコ道とは違い、体を大きく使って登るのが楽しい。だが、反面すぐに息が上がり始める。森の中だったのでいくらかは涼しかったが、体温が徐々に上昇し、着ていた服は汗でぐっしょりと濡れている。
トロッコ道での余裕はお互いもうなくなっていた。しゃべらずに黙々と進む。

b0215567_22282514.jpg


登っているとまた鹿を発見。それにしても、なぜこうも尻を向けられるのか。

b0215567_2230016.jpg


b0215567_22304555.jpg


途中で翁杉が待ち構えていた。
この木もとても大きいが、幹が根元から折れ、杉とは思えない。しかし、この翁杉は樹齢推定なんと2000年以上で縄文杉の次に大きな屋久杉だと言われている。2010年9月に倒れてしまったそうだ。一度倒れる前に観てみたかったと悔やまれる。
翁杉に元気をもらい、また登り始める。

b0215567_22405077.jpg


b0215567_2241554.jpg


途中、湧き水なのか、水たまりが数か所あった。触ってみると、とてもひんやりして冷たく、火照った体の熱が一気に冷まされる。タオルを濡らして首に掛けた。気持ちがよい。
水は全く濁ることなく、透き通っていて綺麗だ。生水なので飲むことは危険だが、飲みたい気持ちに駆られてしまう。
それにしても、本当にこの国は水に恵まれている。近い将来、水をめぐった戦争が勃発されるだろうと言われているくらい、世界では水に対して危機感があるのに、日本では遠い国の話でしかない。寧ろ「水ビジネス」と称して他国に純水を作る技術や不純物の分解の技術などを提供している。まろやかな飲み口の軟水は、日本の山が作り出す特産である。水大国日本。せっかく恵まれた資源があるのだから、汚したり、無駄にしたりせず、大切にしていきたいものだ。

ウィルソン株までもう少し。そこに着いたら、縄文杉だ。
最後までへばらず頑張ろうと意識を高め、また一歩一歩、踏みしめて歩き始めた。
[PR]
by komei115 | 2012-01-16 23:01 | 未分類
b0215567_21465977.jpg


b0215567_21472241.jpg


それにしても歩いていて気持ちが良い。空気も湧きでる水もおいしい。山の恩恵を受け、私は改めて自然に生かされていると感じていた。
すると遠くの方の林でガサガサと動く音が。

b0215567_21481245.jpg


何だろう、白いふさふさしたものがひょこひょこと動いている。
カメラを構え、レンズを覗きこむ。

b0215567_2223015.jpg


動物だ。なんらかの尻だろうか。猿か?

b0215567_2245464.jpg


あのつぶらな瞳は・・・鹿だ!
初めて野生の屋久鹿を見た。写真に収めようとパシャパシャと連写するもぶれてしまう。とうとう、鹿は行ってしまった。残念だ。
それにしても、本当に野生の動物と会えるんだ。動物園や人慣れした鹿では味わえない感動があった。もしかしたらさっき道端に落ちていた果物の食べかけも鹿だったのだろうか。
また会えないかなと期待し、さらに奥へと歩く。

b0215567_22104271.jpg


途中でトイレを発見。しかもこのトイレ、バイオマストイレらしい。利用してみたが、便器の中がくるくると回り、中の排泄物をかき混ぜている。排泄物から電気エネルギーを生み出し、機械を回す。そしてそれが微生物のおかげで分解され、匂いも気にならない程度で、排泄物も土へと帰る。すごい循環作用だ。まさにエコトイレの頂点だ。北海道大学のチームがこの施設を建てたようだが、屋久島の環境保護に一役買っているなんて、なんてすばらしい大学と研究員たちであろうか。更なる環境に配慮した技術の促進に期待したい。

b0215567_22183413.jpg


b0215567_22192228.jpg


森の奥へと進んでいくにつれ、樹木の大きさが格段と大きくなってきていることに気づく。
これらの木々も余程樹齢が長いのだろう。今、世界中に生きているどの人間よりもこれらの木々の方が歳が上だと思うと、なんだか人間とはつくづくちっぽけな生き物だなと思ってしまう。縄文杉に会う前にすでに樹木の偉大さに気付かされた。

b0215567_22322523.jpg


b0215567_22335585.jpg


b0215567_22342528.jpg



何千年、何万年、何億年という年月を重ねて奇跡的にできたこの森。この森だけじゃない。世界各国の緑溢れる自然。それをたかが数百年の歴史で、汚し、破壊する人間の業に醜さを感じる。自分に一体何ができるのだろうか。ない頭で必死に考えていた。
小難しい顔をして歩いていると、また森の鹿さんに出逢った。

b0215567_22352528.jpg


また、尻との対面である。
しかし、今度はすぐ近くにいた。しばらく待って絶好のシャッターチャンスを窺う。

b0215567_22372777.jpg


b0215567_2237488.jpg


b0215567_22375291.jpg


今度はバッチリいただいた。ありがとう、鹿さん。一応ブログにアップする事を告げ、別れた。
屋久島にはいろんな動物がいるが、屋久島ならではの動物といったら屋久鹿、屋久猿である。屋久鹿とは会えたので、猿にも会えたらという期待を胸にまた歩き出した。
[PR]
by komei115 | 2012-01-03 22:45 | Diary
明けましておめでとうございます。2012年、辰年。頼りない年男です。今年は糸井重里氏の「ほぼ日」を目標に、できれば毎日更新していく所存ですので、これからも見てもらえると幸いです。


「Happy new yearrrrrrr!!!」
大晦日から元旦になった瞬間、私は力いっぱい叫んだ。

31/12/2011

始まりは21時。荷物をまとめ、完全防寒装備に包まれた私は、意を決して家を飛び出した。目的は初日の出を山頂で見るため。登る山は神奈川県秦野市にある丹沢山系の塔ノ岳と決めていた。標高は1491メートル。
「塔ノ岳で初日の出を見て、それから丹沢、大山と足を延ばせたらいいなー」とそんな軽いノリで出発した。
登山口から近い渋沢駅まで約1時間40分の旅。電車の中で予め印刷してあった登山カードに記入していく。「単独登山はやめましょう」という言葉に不安がよぎる。今回登るのは私一人だけ。しかし、大倉登山口は大晦日は混雑しているとインターネットでも書いてあったし、誰かの後について行けば大丈夫だろうと思っていた。
22時半に渋沢駅に到着。がらーんとしたコンコース。ここからさらに一時間かけて登山口まで歩く。

b0215567_17584749.jpg


b0215567_17585487.jpg


街灯が少なく、なんとなく寂しい街だった。人が全然歩いていない。自分と同じように歩いて登山口まで行く人がいるだろうと踏んでいたが大きく外した。一人寂しく夜道を歩く。車の通る数も少なく、遠くで聞こえる音が遠ざかる音なのか近付いてくる音なのかがわからなかった。地元長崎の郊外に良く似た風景。それだけが私の心を癒してくれた。
歩き始めて40分ほど。少し勾配な道のりになると、ついに車すら通らなくなった。家同士の感覚が10メートル程離れるようになり、どんどん光が少なくなってくる。本当に大丈夫だろうかという少し後悔が漂ったものの、登山口に行けば人に会えるだろうという期待を込めてさらに奥へと進んでいく。

b0215567_18121091.jpg


すると八幡神社が見えてきた(すでにカメラのオートでは反応せず、シャッタースピードを遅くして撮った。写真がぶれる程光が少ない)。境内では拾数人の人が集まり、火を起こし、除夜の鐘や甘酒の準備をしている。ここに入っていくのは場違いだと直感で感じる。一人で暗闇をさまよい歩く私は、どうみても不審者にしか映らないだろう。結局通り過ぎて、出発地を目指す。
大倉登山口のある県立秦野戸川公園の大倉バス停前に着いた。

b0215567_18245088.jpg


これはネットで拾った昼のイメージ写真。

なぜ、写真を撮らなかったか。それは、何と人が一人もいなかったからである。店も全て閉まっており、どこも営業していない。無人のバス停。
どうしよう。この先どうすれば良いのかさっぱり分からなくなった。まさかの出発地点で遭難。さすがの私も焦ってパニックに陥ってしまった。真っ暗なベンチに腰をおろし、しばし茫然とする。時刻はそろそろ0時。このままではこんなところで年を超してしまう。後悔が溢れ、泣きたくなった。
引き返そうか。
そう思っていたら坂道を下りてくる一人の人が。まさに奇跡。登山者だ・・・、いや、下山者?
意を決し話しかけに行く。
「こんばんは」
「こんばんは。初日の出を見に行かれるんですか?」
「はい、そうです。下山してこられたんですか?」
「はい」
がっくりと肩を下ろすも、聞いてみる。
「丹沢初めてなんですけど、このままあの坂を上がっていけば登山口なんですか?」
「そうですね。山道も補整されてて解りやすいですよ。登山の経験は?」
「2,3回程度です」
「夜の登山は?」
「初めてです・・・」
「本当ですか!?うーん・・・気をつけて下さいね。頂上や山小屋には人がいるんですが、今は登山者も下山者もいないみたいです。凍っている場所はなかったんですが、やはり夜道はとても危険ですよ」
不安が募ったが、もう後戻りはできない。話していると暴走族がけたたましい音を響かせながら私たち二人のすぐそばのロータリーをぐるぐる回って叫んでいた。年越しに絡まれるのは嫌だ。
「忠告ありがとうございます。助かりました。何とか頑張ってみます」
下山者と別れを告げ、ヘッドライトとランタンの明りをつけ、登山口に向かって登っていく。
約束は破っちゃうけど、単独登山してやろうじゃないの。

b0215567_203291.jpg


普段はこのような登山口も夜になるとガラっと姿を変える。

b0215567_18502672.jpg


b0215567_18504059.jpg


ヘッドライトのおかげで何とかシャッターを切ることができたが、予想以上の暗さだった。
誰もいない真っ暗な森の中にライト一つで本当に登るのかよ。
そういえばライトの予備の電池を買っていなかったこと、登山者カードをボックスに入れるのを忘れていた事に気付く。
大丈夫、絶対成功させて見せる!ライトが切れる前に登頂すれば良い話だろう。
あまりにも無謀な挑戦が始まった。
ランタンの光は意味がない程の明りだった。頼りになるのはヘッドライト一つ。林道を進むと、夜空の明るささえ奪われた。ヘッドライトが照らす約5メートル前の明り以外は真っ暗。自分の呼吸と歩く音しか聞こえない。光も音も闇に吸収されたような世界。すぐ隣りの闇の中に見てはいけない何かが私の行動を息を殺してじいっと窺っているような感覚。一気に緊張が高まり、じっとりと全身に汗が噴き出す。
林道を抜け、けもの道に入った。早くも崖が待ち受け、私の緊張のボルテージを更に高めさせる。慎重に歩を進める。
暗くて、無音で、霊的な何かを常に感じ、頭がどうにかなりそうだった。孤独の境地とはこのことだと思った。頭の中は期待ではなく後悔が支配していた。
時計を見る。すると、丁度0時ピッタリを示していた。

01/01/2012

思わず「Happy new year!」と叫ぶとともに、気をしっかり保とうと一度深呼吸する。
そうだ、まさに俺にピッタリの年越しではないか。これは修行だ。自分に喝を入れるため、孤独、闇は本来私が望んでいたことではなかったか。きっと乗り越え、生還してやる。
気持ちを切り替え、無心で登り始めた。少し視界がひらけた一つ目の休憩所につき、隣りに祭られてた地蔵に参拝し、夜景の写真を撮る。

b0215567_19182268.jpg


やはり暗い。
そのまま、また登り始めるとしばらくしてガサ、ガサ、と落ち葉の音が上の方から聞こえてくる。
だれか下山者、もしくは登山者が?
そう思って上部を見上げると腰を抜かした。
道なき道に6つの緑色の丸い発行体が闇の中でキラキラ光り、動いていたのだ!!明らかに人間ではない。しかもこっちに向かってくる。
一瞬、「終わった」と思った。
死にたくないと本能で山道を駆け上がり、なんとかその物体は見えなくなるところまで登った。
ついに霊魂を見てしまったか?と思ったが、二つずつ等間隔に光っていたそれは動物の目ではなかったかと考える。きっと鹿か、何か。しかし、鹿の目は前向きにはついていない。もしやクマか!考えれば考えるほどに恐ろしくなってくる。あれはいったい何だったのだろうか。
緊張でどんどん体温が上がり、水をガブガブと飲んでしまう。出発前、温かい方が役に立つだろうとボトルにはお湯を入れ、ハイドレーションの水パックにはわずかな量しか入れていなかった。全てが裏目に出る。水はすぐに底をついた。これで遭難したときの危険度がさらに上がった。喉の乾きは取れない。気持ちばかりが焦る。どうしよう、どうしよう。

b0215567_19313558.jpg


二つ目の休憩所に着いた。ここで、2回目の奇跡が。
なんと湧き水が出ていた。水が凍らないために垂れ流し状態。20円で汲んでいいとのこと。
ありがたや。まさに聖水。20円を支払い、2リットル分まるまるパックに詰めた。不純物がなく、とてもなめらかな飲みごたえ。これでなんとか大丈夫だな。
振り返ってみると景色がひらけ、一面の街の灯りには感動した。無数に輝く光は、まるで地上で煌めく星々のようで、天と地が逆になったような感覚を受ける。

b0215567_19515248.jpg


さらにトイレもあったのでしばし小休憩。電気もない真っ暗な中でトイレを平気でこなせるようになってた自分の適応能力の高さに驚いた。

リュックを背負い、また登り始める。
ゴロゴロとした石が転がる足場の悪い階段や坂の連続。思った以上に辛く、段々と立ち止まる回数が増えてきた。看板を見るとまだ2.3キロ地点。頂上まではあと4.7キロもある。数字をみるとこれから待ち受ける辛さを思い足どりが重くなってくる。果たして辿り着けるのだろうかと諦めがちになるものの引き返せないという板挟みにあう。先に進まなければ。
しばらく歩くと人の笑い声が。
おおっ、やっと人が!ログハウスに泊っている人達が新年を祝い合っていた。
「おめでとうございます」
今年に入って初めて人に声をかけ、祝福し合った瞬間だった。しかし、立ち止まることはできない。予約も何もしてないのだから。足早に別れを告げる寂しさはあったが、人はいるんだという希望が生まれた。元気をもらい、歩を進める。
石の道から板張りの道や階段に変わる。歩きやすくなったものの、勾配はきつめで、すぐに息が切れる。休んでは歩きを繰り返して登る。
しばらくして、広場みたいな場所に出た。大きな四角形のベンチがあったので、そこでごろんと横になる。ふと、ライトを消してみたくなった。ヘッドライトを消し、真っ暗な中に一人仰向けで横たわる姿は、もし他の人がみたら死体と間違われていたことだろう。
それにしても静かだった。不思議と怖さは消え、神秘的な闇の風景にしばらく魅了されていた。信仰心がない私だが、なぜか神に問いかけてみたくなった。
「神よ、私はこの試練を乗り越えれたら、今年を幸せに過ごせるでしょうか。神よ、どうか私に道を示してはくれませんか」
小さな声で呟いた時、本当に不思議なことが起きた。馬鹿げたような話。
それは夢だったのかもしれない。
「進みなさい」
囁くような、心にストレートに響くような声なき声が聞こえたとともに、風が戦ぎ、パラパラ、カサカサという音が聞こえた。何だろうと思うと眼前に白い粒が降ってくる。それは今年度初の雪だった。気温が下がってきたのだろう。だんだん激しく舞い落ちる。
このままでは本当に凍死してしまう。すぐさま起き上がり、リュックを担いで、動き始めた。すると、降り始めた雪がまた止んだ。
啓示としか思えなかった。幽霊や神がいたらいいのにと思う反面、唯物論者・実存主義者である私が初めて見えないものに対する“畏れ”を抱いた瞬間だった。
気を取り直して歩き続け、出発してから2時間程経ったとき、駒止茶屋に着いた。勿論営業はしておらず、外のベンチで持ってきたビスケットを開け、初めて栄養補給をとった。腹がぐうぐうと鳴り、カロリーを求める。食べながら思う。足は棒のように硬く、もう少しでふくらはぎが攣りそうだ。体力も底を尽きかけているのがわかる。本当に日の出の時間までに間に合うのだろうか。しかし、じっとしていると今度は寒さでやられてしまう。進むのも、止まるのも過酷な世界。まざまざと山の恐ろしさを見せつけられた。
自分の非力さ、愚かさを思っていると、下の方から一筋の明りが。
登山者だ!そう直感した。
しばらく待っていると一人の男性が登ってきた。声をかけると立ち止まってベンチの方に来てくれた。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「お一人で登られてるんですか?」
「はい、そうです。こんな夜に登るのは初めてですけど」
「何度か登られたことが?」
「ええ、3,4回程」
そんな話をしばらくして、意を決してお願いする。
「あの、もし宜しければ一緒に登頂しませんか?」
「はい、是非そうしましょう。こちらこそよろしくお願いします」
まさに奇跡。これで3度目。自分って本当にうまい具合に人に助けてもらえるよなと、ここぞの運の良さに感謝する。
そして、2人で登り始める。いろんな話をしながら登ると、足取りは軽く、ポンポンと先に進めた。しかし、彼の足取りは速く、それについて行くのに途中から必死で、何度も休憩をお願いした。足手まといで申し訳ないなと思ったが、そんな私に優しくついていてくれた。とても頼りになる人で、一人だったら絶対崖に落ちていたなと思う場所でも、誘導してくれる。彼の歩いた道を続けて歩くとすごく楽で、助かった。
そうして、3時間と少しかかって無事に塔ノ岳山頂に着くことができた。視界は深い霧でライトの明りですら届かない。風が吹き荒れ、気温は氷点下1,2度。鼻水が凍ってヒリヒリと痛む。
ここに3分といれないなと思っていると、彼が山荘があると教えてくれ一緒に入った。
中は暗く、しかし、登山者が4,5人すでに暖をとっていた。私たちも腰をおろし、エネルギーを補充する。しばらくして、着ていたダウンが汗を吸い、びちょびちょに重くなっていたことが分かった。
どんだけ汗を流したんだ、俺は。
ダウンを脱ぐとさらにひどい。シャツも絞れる程汗を吸っている。このままでは風邪をひくと思い、乾きが悪いものは全て脱ぎ、持ってきたセーターと厚手の膝掛けのようなマントを羽織る。大分温かさを取り戻し、日記を書いたり、持ってきたコニャックを呷ったり、しばし物思いに耽る。自分が元旦に山頂の小屋でこうして過ごしているなんて。今更ながら達成感と、期待に胸が膨らむ。

b0215567_21353294.jpg


店のペットのデブ猫。温かい場所を求めてゆっくりと動く様はものすごく可愛く、人懐っこさが愛らしい。
午前3時半。一睡もせず6時50分の日の出を待った。コーヒーや酒、持ってきたカップ麺が今まで食べたことない程おいしく感じる。あっという間に6時半。寝室からは泊っていた客が起き出し、来客も一気に増え、かなりの人数になっていた。50人くらいはいたのではないか。
二人で準備をし、外に出た。

b0215567_21432777.jpg


b0215567_21433280.jpg


b0215567_21451373.jpg



地面が凍り、木々に霜がびっしりつくほど寒く、視界は真っ白。初日の出は望めそうになかった。日の出の時間になり、しばらく待ったが、白い霧が晴れることはなかった。みんな肩を落とす。

私たちは、頂上の写真だけ撮って下山することに決めた。

b0215567_21463835.jpg


b0215567_21492198.jpg


体力も十分に回復したこともあってか、下山はかなり楽だった。あれだけ苦労して登った階段をひょいひょいと二人で山の話、お互いの話をしながら降りていく。写真を撮る余裕すらある。

b0215567_21531335.jpg


b0215567_21533784.jpg


b0215567_21535042.jpg


b0215567_21551113.jpg


b0215567_21553957.jpg



すると、またまた奇跡が!
目の前が晴れてきて、今年初めてのご来光が。

b0215567_21571084.jpg


b0215567_2201728.jpg


まさに絶景。うまい具合にうっすらと霧がかかり太陽の丸い形がはっきり見え、燃えていた。すぐ下に流れる川がその光に照らされ黄金の輝きを放っている。幻想的な光景だった。

そして反対側を見るともう一つの絶景が。

b0215567_2213534.jpg


同じく霧が晴れ、姿を現した霊山富士。その堂々と聳え立つ姿には日本一の誇らしさを感じ、圧倒された。
来て良かった。結果オーライと二人で喜びを分かち合った。こんなに良い新年を迎えることができるとは。
そこからぐんぐん下山していくと、登頂中に初めて新年を祝ったログハウスでおじさんに声をかけられた。
「良かったら食べていかないか?おもちいっぱい用意してあるから」
そういわれてデッキに案内された。

b0215567_228373.jpg


b0215567_228989.jpg


b0215567_2281338.jpg


b0215567_2283413.jpg


b0215567_2284160.jpg


b0215567_22977.jpg


無料でおもちを振舞ってくれ、雑煮もいただいた。ハウスはアコーディオンと年配者たちの歌声が響き渡り、眺めも良く、最高の時間を過ごさせてもらった。行きはあんなに辛かったのに、帰りはこんなに幸せなことが待っていようとは。
お礼を言って、再び下山。そして、午前9時半。無事にゴールした。
足は豆だらけで、ガクガク。もうひざから崩れ落ちそうだった。
改めて、今回の登山に付き合ってくれた彼にお礼を言うと、何と駅まで車で乗せて行ってくれるとのこと。
彼の言葉に甘え、車に乗り込んで、秦野駅まで送ってもらった。彼とは山友達になった。
Mさん、本当にありがとう。この日のことは忘れません。メールします。また、日にちが合えば一緒に登山しましょう。

現実世界に返ってきた私は、フラフラと駅を乗り過ごしたりしながらも、正午、無事に帰宅。シャワーで開放され、深く長い眠りへと就いた。
[PR]
by komei115 | 2012-01-01 22:23 | Diary
b0215567_13292418.jpg


b0215567_13295263.jpg


b0215567_13314294.jpg


崖の恐怖と闘いながら、景色を楽しみ、カメラに収めていく。そんな私を無視して彼女はどんどん先を進む。
歩きはじめて一時間ほど経った頃であろうか。遠くの方で汽笛やら機械の音が鳴り、途中でレールから振動が伝わってくる。

b0215567_13361192.jpg


b0215567_1336507.jpg


トロッコだ!
今でも、運行していたなんて。屋久杉の伐採はしていないものの、自然の力によって折られ、山野に転がる大木を回収して回っているらしい。市場で出回っている屋久杉の加工品は全部その大木から作られているようだ。自然を守りたいと思う人々の手によって伐採を禁止し、残された木や倒れた木の恩恵を授かる。屋久島に住む人々の生き方に感心する。

b0215567_13473274.jpg


b0215567_13485776.jpg


b0215567_1349252.jpg


しかし、いつになったらこのトロッコ道は終わるのか。

b0215567_13555966.jpg


2時間歩き続けても永遠と連なるレール。

b0215567_13512776.jpg


そして比較的安全な橋と

b0215567_13521920.jpg


まるで大きな平均台を渡っているような危険な橋の連続。

坂道を上っているわけではないのに、どんどん体力が削られていく。
極度の寝不足と精神的な疲れ、後は無理して彼女の荷物まで持ってあげたことが大きい。
まだまだ先は長い。さすがは縄文杉。見る価値があるだけのことはある。
気を引き締める。

b0215567_1474548.jpg


たまに気が緩む。

しばらく、歩いていると人と出くわす。
「こんにちは」
「こんにちは」
挨拶が気持ちが良い。山に行くと見知らぬ人でも挨拶を交わすのか。また、追い抜くときやすれ違うときには道を譲ってくれる。
「もう少し歩いたらもののけ姫のシシ神様に会えるよ」
「そうなんですか!?」
「すごくそっくりな木があるからよく注意して見てみるといいよ」
「ありがとうございます」
こんな優しい言葉までかけてくれる。
登山者のマナーの良さ、笑顔、親切心にいちいち感動する。登山って楽しい!
しばらく注意して歩く。

b0215567_14194293.jpg


むむ。

b0215567_1420315.jpg


むむむ!
これは、首が伸びた時のシシ神様じゃ~!
すごい。そっくりだ。
「はりつめたー弓のー ふるえる弦よー」頭の中でサウンドトラックが流れだすと、早速アシタカのモノマネに移った。
「 乙事主よ、静まりたまえー!」
気が済むと、それから崇る。


b0215567_14234933.jpg



すでに私は屋久島の魅力、登山の魅力に取り憑かれていた。
シシ神に英気をもらい、興奮冷めやらぬまま、また歩き出す。
長いトロッコ道もあと少しのようだ。行ける!
山賊王に俺はなる!
・・・いや、山賊はちょっとダサいなー。
[PR]
by komei115 | 2011-12-27 14:59 | 未分類
23/12/2011

この日はクリスマスイヴイヴ。正直どうでもよい日なのだが、好きな人と過ごすとやはり思い出の一日となった。六本木のミッドタウンでイルミネーションでも見ようかと思ったらいつにない程の人混み。ごみ。塵。極寒の中、しばらく待っていたが進む気配が全くない。結局イルミネーションの100m手前で挫折し、ヒルズへと向かった。
森ビルに入り、スカイラウンジまで温温とエレベーターで一気に上がる。「ふははは、まるで人がゴミの様だ!」と恒例のモノマネを披露し、気分上々のまま森美術館へ。私が以前から行きたいと思っていた「メタボリズムの未来都市展」を見るのが目的だ。

b0215567_20385154.jpg



隣りでは彼女がドン引きしている。「何も今日美術館に行かなくても・・・」といいたそうな彼女を尻目に、一人でツカツカと作品を見てまわる。
メタボリズムとは肥満のことではない。それはメタボリックシンドロームのことだ。では何か。それは1960年代にわが国で主張された建築理論のことである。「新陳代謝」を意味し、丹下健三に強い影響を受けた建築家たちが、機能などの外的要因の変化に伴って都市や建築も変化していかなくてはならないと訴え、この言葉が誕生した。日本の有名な建築家と言えば、黒川紀章、菊竹清訓、槇文彦といったところか(あまり詳しくは知らないが)。実際メタボリズム運動の中心にいた人物たちである。
大きく4つのセクションに分かれており、それぞれメタボリズムの誕生、時代、空間から環境、グローバル化という流れになっていた。海上都市や、空中都市などの構想をもとに展示されてあった模型やスケッチは、まるでアトムやドラえもんの世界だった。きっと手塚治や、藤子F不二夫はこういった彼らの設計した未来都市の像に刺激を受けたのだろう。高度経済成長期に突入した日本で、彼ら建築家が見ていた無限の可能性に広がる景色に思いを馳せる。しかし、ミクロの視点で見てみると、すごく味気ない。巨大な集合住宅が並ぶ街は個性がなく、どこかつまらない。そんな巨大な建物の一つの部屋はまるで細胞のセルのようでそこに暮らす人々はミトコンドリアやゴルジ体のように見えた。すごく息苦しさを覚え、もっと自由な空間にいたいと思った。
空間から環境への転換ということでの日本万国博覧会後の取り組みには驚き、感心した。正直、大阪万博で使用したあの広大な土地は今一体どのようになっているのか、太陽の塔、エキスポタワーはどうなっているのか興味があった。万博後、環境NPOを中心に30年かけて植林活動を行い、今では緑豊かな森林公園へと姿を変えていた。太陽の塔は未だ健在だ。CEPA(セパ。Communication・Education・Publicity-Awareness)を合言葉に広報、教育、普及啓発を行ってきた当時のNPO団体の活動は素晴らしい。今ではCEPA JAPANという団体が組織されているようだ。今後は一層、建築に環境というテーマが大きく関わってくるだろう。自然とどのように共生していくか、またどう形成するか、その活動に注目したい。
メタボリズム展を見終わり、出口に向かう途中、若手アーティストであるツァン・キンワー氏の映像インスタレーション展がやっていた。朝日新聞でこの存在を知り、見に行きたいと思っていたがまさかメタボリズムとセットで見れるなんて(ちなみにこのインスタレーションは建築とは全く関係ない)。興奮する気持ちを抑え、早速部屋に入る。

b0215567_2149891.jpg


しばらくすると暗い部屋にぼうっと光の文字が浮かび上がる。それらは「殺戮」、「絶望」、「彼の死をおまえは望む」といった言葉でとても不快で、挑発的である。それらがおどろおどろしい音楽とともに浮かび上がり、次第にごちゃごちゃに文字が被さっていく様は、観ていて感情が、魂が揺さぶられる。恐怖かと思ったが、それだけではない。心が拒絶と同時に受容するという矛盾した感覚に陥ったのだ。次第に言葉が文字となって崩れるように欠けていく様は言葉の脆さ、果敢無さを感じた。
日本語と英語の2種類がループして流れるが、断然母国語の方がインパクトが大きかった。英語だとポップアートの印象が強かった。見れて本当に良かった。
全て終わってみると、彼女もどうやら満足してくれたようで結果オーライ。街はクリスマス一色。綺麗なイルミネーションも良いが、こういう時に美術作品に触れるのも乙なものではないか。別にクリスチャンじゃないんだし。クリスマスだからと下心見え見えで夜の街を徘徊する男女を見ながらそう思った。
[PR]
by komei115 | 2011-12-25 22:21 | Diary
b0215567_19114361.jpg



トロッコ道を二人で歩く。
レールの上を歩けば良いのかその間の砂利道の上を歩けば良いのか分からない。
歩幅が合わなくてどうも歩きづらかった。
しばらく歩いていると橋が見えた。

b0215567_1854135.jpg


b0215567_18543376.jpg



写真では分かりづらいと思うが、下を流れる川からの高さは7~8メートルといったところか。
橋の幅はそんなに狭くはないが、端の方は等間隔に脚一本分の空間がある。
決して安全とは言い切れぬ橋。万が一落ちでもしたら確実に死ぬ。こんな橋が、しかも歩き初めてすぐに待ち受けているとは思ってもみなかった。
へらへらした顔を見せつつも、おふざけなしで少しビビりながら慎重に渡った。

b0215567_19125470.jpg


b0215567_19133915.jpg


b0215567_1914518.jpg



トンネルを抜けると、廃棄した昔のトロッコの残骸やレールの切り替え装置があった。
屋久杉の伐採は17世紀頃から始まった。大量の木材を運ぶためにトロッコが用いられるようになったのだが、これはどのくらい前のものだろうか。明治、大正あたりか。そこのところをもっと学習して臨むべきだったと反省する。

b0215567_1925547.jpg


b0215567_19262235.jpg


山の壁面から水が滲み、滴り落ちている。屋久島は月に35日雨が降ると言われるほど、年中雨らしい。きっと飽和状態となって水が至る所で溢れているのだろう。屋久島の貯蓄する水の豊富さが窺える。
手で触るとひんやり気持ちがいい。飲もうかと思ったが、少し恐くなってやめた。


b0215567_19241687.jpg


b0215567_2226961.jpg


b0215567_22264664.jpg



林道を抜け、視界が開けてくると、だいぶ日が昇っていることに気づく。
今日は珍しく快晴だ。爽やかな気持ちになる。彼女も日が昇るとともに体調が良くなってきたみたいだ。
私たちに降り注がれた光はまさに希望の光だった。この日が雨だったら、きっと登頂は達成できなかっただろう。

b0215567_22275198.jpg


トロッコ道が続く中、ところどころ橋っぽくなっている箇所がある。
上の写真は実は下が崖である。道幅も狭ければ手すりもない。先程の橋の恐さの比ではない。
長さは10メートル程だが、渡り終わった時の疲労感は大きい。

しばらく歩いていると、彼女が何かが前方で動いたと言った。そしてしっぽらしきものを見たらしい。
野生の動物か。猿か、鹿か。何だろうか。
付近を詮索すると食べかけの果物が。

b0215567_22361184.jpg


これはリンゴだろうか。自然のか(可能性は低いが)人が与えたものか。何にせよ、この森には何かがいる。
歩いていれば私も会えるだろうか。
そんな期待を胸にさらに歩を進め、森の奥へと入っていった。
[PR]
by komei115 | 2011-12-16 22:41 | Diary
10/12/2011

この日、夕方から外出した私を待ち受けていたのは不気味なほどに大きく、丸々と輝く月だった。赤紫色に染まる東北東の空にぼうっと浮かんでいるそれは、見ていて何かの前兆を感じさせらるものであった。私はその時、この日が皆既月食の日であるとは露程も知らなかった。
それから夜の11時を回った頃。家までの帰路を自転車で走っていた私はふと満月が気になり、夜空を見上げてみた。すると満月はちょうど私の頭上辺りまで上っており、夕方に見た時の半分くらいの大きさになっていた。しかし、これが実は同じ大きさとは。大学の講義で習った「錯視」を思い出す。どうみても同じ大きさには見えないのだが。
そうやって見ているうちに新たな違和感を感じた。
いつもの月と何かが違うのだ。やけに暗い。赤茶色の月。いつもの輝きがない。
何だこれは。まるで木星などの惑星を肉眼で見ているかのような感覚に陥った。
その時、気がついた。これは皆既月食であると。そういえば友人が言っていたのをすっかり忘れていた。
多くの通行人が足を止め、上空を見上げているのを見て確信した。約半年ぶりの皆既月食。こんなに綺麗に観たのは生まれて初めてである。
さっそく彼女に電話をかけ、報告した。
同じ対象物を日本のいたるところでいろんな人間が様々な思いで今この瞬間を見ているということに胸が高鳴った。こんなに乙なことはないではないか。
次の皆既月食は2014年10月8日。次回までは少し時間がかかるようだ。2014年、私は何をしているのだろう。この国はどう変わるのだろう。そんな思いを馳せ、しばし上空の月食に酔いしれた。


11/12/2011

この日はTOYOTAプレゼンツFIFAクラブワールドカップの開催国王者柏レイソル対北中米カリブ王者モンテレイの試合が行われた。
私は、友人数人とテレビ観戦していたのだが、柏レイソルなど一度も応援したことなかったのに、まるで日本代表戦の応援をするかのような熱気で声を上げた。1対1で迎えたPK戦。最後に5人目のFW林がゴール右隅に決めた瞬間は興奮が一気に爆発し、仲間たちと叫び、握手を交わした。
スポーツの力ってすごい!応援に力を注いだ分、勝った瞬間はまるで自分のことのように喜べる。みんなの気持ちが一つになる瞬間の心地良さはたまらない。スポーツの力、特にサッカーの持つ力は世界を変えることができると信じている。
それと同時に、改めて自分の愛国心の強さに気付く。地球に国境なんてない、みんな同じ人間だという一方で、やはり、日本のチームが勝つと嬉しいのだ。どこの国の人間もそうではないだろうか。
いや、愛国心というよりコミューンのレヴェルに応じてという方が正しいか。私は長崎県出身なのだが、全国規模での大会なら九州のチーム・個人を応援したくなるし、地方の大会なら長崎県。それより狭い範囲になると母校になる。より自分の身近な者を応援したくなる気持ちは誰もに共通することだと思う。
そのことを踏まえたうえで紳士的に応援し、勝っても負けても闘った当事者お互いの健闘を褒め称えるのが試合を観戦するものとしてのマナーである。
次は南米王者サントスとの試合。とてつもなく強豪だが、ここは是非とも勝って夢のバルセロナとの決勝試合を見てみたいものだ。


12/12/2011

土日は用事で行くことができなかったが、待ちに待った月曜日。午後から勇み足で渋谷ハチ公前へと向かった。
目的は後に記述したい。
目的を果たした後、ユーロスペースで映画のチケットを買い、時間を潰すために東急近くのガストで読書することにした。
私が案内されたテーブルの前方では芸人コンビの卵が披露したネタの反省会をしている模様。歳は私と同等かあるいはそれより若いかくらいである。
「あそこはもっとデブ押ししてくんないと。せっかくくすくす笑い起きてたんだから。」とデブがいきり立っている。さすが職人。ネタのために自らの体まで売ったか。
相方のメガネはどこにでもいるメガネだ。それ以外の外見の特徴はないに等しい。話しているのを聴いてみたが特に話が上手いわけでもなさそうだ。
どうやらこのコンビはデブキャラ一点頼みらしい。
しかし、目標を持って実際に行動を起こしているのは素晴らしい。
「少年よ、大脂を抱け!」(笑)

芸人が帰った後、私のテーブルの左隣に来たのは中学か高校かの4人組。仲が良いのはいいことだが、マナーが悪い。靴でソファーの上を歩く、ギャーギャーうるさい、店員の目の前で出された料理の批判をして笑う。いったいこの子どもたちを育てたのは誰だ。親の顔が見てみたい。と言いたいところだが、私も中高時代、友達といるときはつい楽しくてマナーの悪い行動をした記憶がないこともない。
一人の少年がメニューを私の足元に落とした。私は気がつかなかったが、その少年は「ごめんなさい」と謝ったのだ。何とも嬉しい一言である。また、マナーの悪さがいき過ぎた時、一人がフォローに入ったりもしていた。やっぱり仲間同士でいるからつい羽目を外しているだけで、きっと良い子たちなんだ。そう信じたくなった。
人間、誰しも失敗するし、批判される。その時に、素直に反省して謝れるかどうか。それがその人の人間性を決めるのだ。
よし、今までのことは目をつぶろう。そう偉そうに思う自分がいた。

少年たちが帰り、しばらくして大学生8人組が二つのテーブルを連結させて少年たちが座っていた場所に腰を下ろした。彼らにはガッカリさせられた。居酒屋でもないのにギャーギャーと先程の少年たちと同じようにはしゃいでいる。話しも惚れた腫れたの恋話、笑い話、下ネタのオンパレードで2時間ぶっ続け。他人の事などお構いなしに、誰も制御することなく盛り上がっていた。
少しは大学生らしい講義の話でもしろよと思ったが、私が店を出るまでの間、ついにそういった話を聴くことはなかった。
日本の全共闘時代、韓国の学生運動、中国の天安門事件。国の経済が、政治が動くときには常に大学生が中心になっていた。彼らの若く、純粋な気持ちから芽生えた力は時に国を動かすのだ。
実に情けない。せっかく大学で知りえた友人なのだ。色恋の話だけの仲ではもったいないではないか。
「青年も、大志を抱け!」
[PR]
by komei115 | 2011-12-13 04:52 | Diary
携帯のアラームが鳴り、無事に3時半に目を覚ますことができた。
早速登山の支度に取りかかる。
あまり寝た気がしない。少し興奮でハイになっているようだ。
目は覚めているのに体がダルい。
この二日間で計2時間半の睡眠しかとっていない私は果たして目的地に辿り着くことができるのだろうかと心配になる。
隣りで彼女も黙々と着替えを始めている。
今日は頑張ろう。私は山育ちなのだからこのくらいなんてことはない。
そう自分に言い聞かせて支度を整えた。


b0215567_20225025.jpg



朝食、昼食の弁当を受け取り、ホテルを出た私たちは安房のバス停へと向かった。
縄文杉登山の出発地点が荒川登山口である。レンタカーを借りていない私たちがそこに行くためにはまず屋久杉自然館駅へとバスで向かわなければならない。
まだ辺りは真っ暗で、都会では見ることができない程の星々が輝いていた。
空を見上げながら歩く。重たいバックパックとまだ履き慣れていないトレッキングシューズの歩き心地に戸惑いを感じながら。
安房バス停に着くと、すでに十数名が並んで待っていた。みんな思い思いに空を見上げている。
この人たちと一緒に登るのか。
心の中で「よろしくお願いします」と呟き、一緒にバスを待つ。
数分後、バスが来たのだが、その乗っている人の多さにびっくり。
すでに満席で、立ち乗りしている人もいる。
人混みが苦手な私だが、意を決しバスの中へ。色んな人のバックパックに体がぶつかる。隣りの彼女の顔を窺うとすでにグロッキー状態だ。
最悪の状態で、満員のバスが走り出す。
早く着いてくれることを祈りながらバスに揺られる。彼女の顔色がさらに悪くなっていく。
本当に大丈夫だろうか?
頑張れ!頑張れ!
登山口に辿り着いてすらいないのに、すでに心の中でエールを送る自分がいた。
こんな調子で登頂できるのだろうか。縄文杉を拝むことはできるのだろうか。
約10分後、屋久杉自然館に到着した。
すると、想像以上のものすごい人だかりができていた。ざっと200人はいたのではないか。
大型バスも4,5台並んでいる。ここから約40分かけて登山口まで行くのだ。
すぐに、荒川登山口行きのバスへと並び、5時に出発。彼女の体調の悪さだけが唯一の心配だった。

b0215567_22214493.jpg


バスは林道をどんどん進み、森の奥へ奥へと登っていく。
所々視界が開ける個所があり、そこから見える景色はまさに絶景だった。
日が昇り始め、少し明るくなった空はまるで海と溶け合っているかのよう。そこに朝焼けのオレンジ色の光が差し込んで一筋の線を描いていた。
隣りで眠っている彼女を起こそうとしたが、そっとしておいた。これから登山がはじまるのだ。今はしばしの間ぐっすり休んで体調を少しでも回復させてくれ。
一人で、ため息を漏らしながら外の景色を見続けた。

b0215567_22305775.jpg


b0215567_22315317.jpg


b0215567_2231988.jpg



ついに、荒川登山口へと辿り着いた。
人でごった返し、みんなそれぞれガイドの人をつけているようだ。10人くらいで束になって、準備運動をしたり、レクチャーを受けたりしている。
個人登山する人は少ないのかな。
まあ、でも何とかなるだろ。
そう思いながらガイドのレクチャーに耳を傾け、情報を聞き出す。
「先に軽くでもいいので朝食を食べておきましょう」
なるほど。先に食べておいた方がいいのか。
彼女に伝えようとしたら、彼女はすでにトイレに消えていた。
わお。
他の登山者が次々と出発し、残されたのは私たちを含め数人になっていた。
彼女が戻ってきて、ホテルで作ってもらった朝食を食べた。
私が1.7人前。彼女が0.3人前。
本当に大丈夫だろうか?
私の軽はずみなトークも体調の悪い彼女に取ったら癇に障るらしく、出発前に険悪なムードに。
登山箱に登山カードを書いて入れた。
項目に遭難した際の連絡先が載ってある。
遭難することもあるのか。
登山は遊びのようで遊びではない。常に危険が伴うのだ。一歩間違えれば死ぬことだってある。
笑っていても、へらへらはしていられない。
私は一気に顔を引き締める。
そして彼女を見る。その顔は青白い。
これで3度目だが本当に大丈夫だろうか?
彼女の顔色を窺いながら励ました。
彼女は自分自身の体調と戦い、私は二人をとりまく空気と戦った。


b0215567_2320411.jpg



これから長い長い道のりである。
午前7時。大分辺りが明るくなってきて、他の登山者はもう誰もいなかった。
私達は微妙な雰囲気のまま林の中へと足を踏み入れた。
[PR]
by komei115 | 2011-12-09 23:38 | Diary