青い果実の実る頃には

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日日是思慮 その3

満開の桜咲く4月10日のこと。東京では人々が花見を自粛するか検討している中都知事選が行われた。毎回祭りごとのように取り扱われるこの行事も今回は呆気なく幕を閉じる形になった。都知事立候補者も自粛の影響でうまく選挙運動ができなかったのと都民の自粛による現職の安定感を求めたのが原因だったのではないだろうか。▼結果は石原氏の4選連続当選である。しかし、彼にこのまま東京の未来を任せ続けるのはいささか疑問がある。実際に総投票数の過半数も超えていないで当選しているという時点で大部分の都民の豊洲心は揺れていたのだ。震災で揺れ、心も揺れた都民が求めるのは先々のビジョンまで見据えたリーダーの存在である。それだけに候補者の知名度、経歴だけでなく政策の隅々にまで目を、耳を向けた上での投票ができていたらと悔やまれる▼例えば、築地市場の移転計画。石原氏は全面的な移転を計画しているが、豊洲地区は土壌汚染や液状化現象などの問題がある。先端技術でどうにでもなると言ってはいるが、現に先端技術ではどうにもならない未曾有の状況に陥っている最中ではないか。築地市場の老朽を問題視しているようだが再整備すればそれこそどうにでもなるのではないだろうか。また、新銀行東京についても、黒字になったから再建を進めると言っているが、経理内容を詳細に調査したのだろうか。中小企業支援に貢献しているのだろうか。最後に2020年の夏季五輪の東京招致。4119億円もの金を使っておいて成し得なかった2016年度の招致に懲りずにまた再挑戦である。オリンピックによる経済効果の前にその多大なる金を使って震災復興支援にあたるべきではないか。「津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。天罰だと思う」という言葉で片付けるのであるから考えられないで当然か。▼桜の花びらを舞い散らすような春一番の風は吹いても、東京に新しい風が吹くのはまだまだ先のようである。
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by komei115 | 2011-04-15 22:21 | Column

日日是思慮 その2

「あいつってKYだよね」「KYな発言はやめるべきだ」
私がこのような言葉を耳にするようになってもう3年くらいになるだろうか。K(空気)Y(読めない)ということなのだが発想が実に日本人らしい。日本人として場の空気を読めない奴はどうやら嫌われるみたいだ。侘、寂の心を理解できる日本人だからこそ空気さえも読む能力が求められるのだろうか▼3.11の東日本大震災が起きた後の日本は自粛ムードが漂う。「今回の花見は自粛」「消費行動をとることを自粛」あちこちで自粛という言葉を耳にする。▼100歩譲って震災後1週間は被災地の人たちのことを考えて行動を控えることはあっても、そろそろ1か月が経とうとしている。空気を読み続けるのをいつまで続ければいいのだろうか。▼どこまで空気を読むか。これは震災後のテレビを見ていても思ったことだ。震災後二日が経つといくつかのテレビ局ではアニメやバラエティを流す局が出始めた。この行動には「まだ早いだろう」という気持ちが芽生えたが、何日も被災地の映像や原発問題のニュースを見ていると気が滅入るようになった。逆にバラエティ二チャンネルを変える自分がいた。▼CMもそうだ。AC広告機構のCMが何度も何度も流されると気がおかしくなる。どれも良いCMなのに。結局ACのCMに対し苦情があり、女性の音声が消え、いくつかの会社のCMを見かけるようになった。▼空気を読むことはあっても適度があるはずだ。時期、期間は慎重に判断すべきであるし、日本国民全員が空気に流されてはいけない。ただ自粛するよりもいろんな視点から被災地の人たちに向けて何ができるかを考える方がよっぽど支援になるのではないか。▼考え、行動しよう。自分勝手な買い溜め、電気の浪費は自粛すべきであっても文化や買い物は楽しむべきだ。まず、私たちが元気にならないことには始まらないのだから。本当の意味でのK(空気)Y(読める)人に私はなりたい。
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by komei115 | 2011-04-09 23:07 | Column
昨日4月7日のこと。
今日は桜が満開という話を聞いたので、昼の外食がてら近所を散歩することにした。
昼食は武蔵小山駅付近のトスカーナで食べた。小さなイタリアンの店。人混みが苦手な私にとっては良い空間だ。
昼食を食べ終え、店を出ると商店街がいつも以上に人が集まっている。いや、集まっているというより何かに群がっているみたいだ。
挨拶をしながら握手をして回っている東国原氏を発見。
どうやら演説をしにきたようだった。

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初めて実物を見たが、小柄で人当たりの良さそうなおじさんという印象を受けた。
東京都知事選が4月10日。ラストスパートに向けて意気込んでいるようだ。
私がだれに投票するかはまた別の話だが、都知事当選に向けて頑張ってほしい。

何枚か写真を取ってから、かむろ坂の方に向けて歩を進めた。

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今年もかむろ坂の桜は綺麗だった。
気分が晴れ渡り、とてもすがすがしくなる。
私はどちらかというと目黒川沿いの桜並木よりもかむろ坂の桜並木の方が好きだ。
満開に咲き誇る桜のアーチの中を自転車で駆け下りるのはとても気持ちが良い。とくに車が少ない早朝は最高である。秒速5センチメートルで空を舞い落ちる淡いピンクの花びらに包まれながら風を切って進み、ほのかに香る桜の匂を新鮮な空気とともに肺に入れることができるからだ。

かむろ坂の桜を堪能した後、都立林試の森公園に向かった。
この公園は自宅から10分も歩けばつく場所にあるのだが、目黒の地に住み始めて1年、一度も足を踏み入れたことがなかった。先月初めて中に入った時、その規模の大きさや自然に感激すると同時にいままで立ち寄らなかったことに後悔した。以来、暇があれば散歩やツーリングで利用している。

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今日もたくさんの良い写真がとれた。その中でも父と息子の凧あげが気にいっている。
写真を取りながら思い出していた。遠い記憶。父とサッカーやキャッチボールをして遊んだ記憶。
覚えているものなんだなとしみじみ感じた。
きっとあの子も記憶の中に今日の日のことが刻まれるだろう。父の存在が大きく感じたことや、なんでもうまくやってのける父親のかっこよさ、愛されていると感じる父の笑顔を。
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by komei115 | 2011-04-08 17:24 | Diary

日日是思慮 その1

「私のお墓の前で泣かないでください」
誰もが一度は聴いたことのあるフレーズではないだろうか。新井満氏が日本語作詞した『千の風になって』である。▼この歌は更に「そこに私はいません。眠ってなんかいません」と続く。実際、科学的見地からして墓には霊などいない。あるのはせいぜい遺骨くらいのものである。▼では何故、人々は墓に参るのか。私は、自己の存在の証を確認するためだと考える。墓とは死者の存在した記録であり、記憶を介して死者と繋ぐものである。墓の前に立ち死者と正面から対峙すれば、自己が何者であり、どう生きてきたのかを改めて教えてくれる。それは今後の自分の在り方を決める指針ともなろう。▼東日本大震災では一万二千人を超える多数の死者が出ている。行方不明者も未だ一万五千人以上いるため今後もその数は増える見込みである。遺体の埋葬に追われる日が続く。墓を建ててあげるには、まだ大分先のことになりそうだ。▼大切な人の墓がある場所は故郷となり、支えになる。「千の風になってあの大きな空を吹きわた」る死者に対しそれでも墓を参る生存者の気持ちは大切にしたい。被災の記録を刻むとともに復興の誓いを込める意味で出来るだけ早い墓の建設、慰霊碑の建設を望む。
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by komei115 | 2011-04-06 00:21 | Column