青い果実の実る頃には

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日日是思慮 その13

今日は12月31日、大晦日である。この日が過ぎれば日本は2012年、平成24年という年を新たに迎えることになるが、年が明ける前に、最後に今年一年を振り返ってみようではないか。実に、色々な出来事があった。ギリシャ、イタリア国債、ノルウェーテロ、北朝鮮金正日総書記死去、高、ドル・ユーロ安、地デジ化完了、オリンパスの粉飾決算事件、首相交代、大阪府・市長選、TPP、etc...。中でも群を抜いていたのが2011年3月11日に発生した東日本大震災と福島第一原発事故である。世界中が注目し、危惧し、非難したこの事件。何年過ぎても忘れられない揺れ、交通パニック、放射能による食料・水不足の経験として東日本、そして、特に10メートルを超す大津波による震災の傷跡として福島、宮城、岩手の人々の胸に深く刻まれる結果となった。日本中がその戦慄の映像に絶望し、無気力な気持ちになったのではないだろうか。毎日流れ続ける震災の映像、政府・東電の記者会見映像、マスメディアの崩壊、自粛するかしないかで批判し合う人々、急に流れ出す元気の押し売りみたいな音楽や笑い。全てを見る、聞く、話すのが嫌になった。何も考えたくない、何もしたくないと家に籠り、脱力した生活がしばらく続いた。▼逆に嬉しかったのは何と言ってもなでしこJAPANの2011 FIFA女子ワールドカップでの優勝だろう。グループリーグでの初戦はあまり注目されていなかったが、グループリーグ突破、ドイツ戦、スウェーデン戦と勝ち進むにつれてメディアでの注目度は上がっていた。決勝のアメリカ戦での彼女たちのひた向きにゴールを狙う姿には感動した。PK戦にまでもつれ込み、勝利した瞬間は日本中が湧いた。優勝後、ナデシコリーグ中継の数が跳ね上がり、観客、ファン数も大幅に上がったことは女子サッカー界にとって大きな飛躍の年になったのではないか。これからも更なる発展に期待したい。▼今年を言葉で表すとしたら、“喪失と、そこからの再生”ではないかと思う。住居などの目に見えるモノもそうだが、人々のココロの方が意味として大きい。二度と取り戻せない日常にグッドバイを告げ、あなたのいなくなった世界にハローと告げる。大切なモノを失くしたことのない私が言うのも痴がましいことだが、それにはとてつもない苦しみが付き纏うだろう。しかし、いくら辛くてもいなくなったモノたちのために生き続けなければならない。そのために選択していかなければならない。▼2011年5月7日に公開されたアニメーション作家・映画監督である新海誠氏の映画「星を追う子ども」。
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この物語は黄泉の国アガルタを旅するSFファンタジーであるが、この作品の言葉は純粋で、ストレートに心に訴えてくるものがある。死者を蘇らせたいのか、死者ともう一度会いたいのか、気持ちがはっきりとしないまま主人公の女の子は旅をする。そして、その旅が死に別れた人々とのさよならを探す旅であった事に気付く。そして、別れを乗り越え、新しい人生に向かって現実世界へと戻っていく姿には大きな成長が見える。これまで「秒速5センチメートル」などで生き別れを描いてきた監督が、死に別れをこのような手法で表現するとは。アニメならではの良さも加え、とても良い作品だった。▼前にMovieの項目でも述べたが、「未来を生きる君たちへ」は私にとって今年一番の映画である。
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▼これまた、Readingの項目で述べた「アントキノイノチ」。これは今年一番の小説となった。
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▼以上の3作品、どれも喪失した状態からの再生を見事に描いている。これらは、私たちにこれからの心の持ち方、しなやかに、したたかに生きていく術を教えてくれる。悩み、苦むことは人間の呪いであると同時に幸福なことなのだ。そう思えた時、きっと希望の光が心に差し込むことだろう。▼来年もまた、再生への道が続いて行く。いつゴールするのかは人それぞれでわからない。しかし、Step by step。一歩一歩着実に受け止め、歩いていきたい。年の瀬に、またごちゃごちゃと書いてしまい申し訳ない。この辺で自粛し、切り上げたい。それではみなさん、良いお年を。来年の元旦にまたお会いしましょう。
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by komei115 | 2011-12-31 16:04 | Column

日日是思慮 その12

よく夢を見る。私の一日は夢を思い出し、おもしろいと感じたストーリーや出来事をノートに書き留めることから始まる。私がこのブログに書き続けていられるのも、その日見た夢の影響が大きい(夢については後述したい)。今日も楽しみに夢を見ようと支度する。▼夢といえば、先日銀座に出かけた際、溢れんばかりの人々が夢を買いに行列をなして並んでいた。「年末ジャンボ宝くじ」である。日本一当たる確率が高いと言われるチケット売り場は大行列で警備員が交通規制までしている始末。最後尾にいた係の人が「ただいまの待ち時間1時間半でーす!」と言っていたのには驚愕する。どこかのネズミの国ではあるまいし、こんな街の歩行者用通路に永遠と並ばれては迷惑だと横目で見ながら通り過ぎた。夢を買うのもいいが、何もこんな寒空の下で目だけを血走らせて一時間半も待たなくても。みんなそんなにお金が好きなのか。日本一当たりが出た店だからといって次も当たるわけではないのに。きっと確率以上の“縁起”の良さに魅力を感じ、並んでまで買い求めるのだろう。しかし、なぜ人はこうも確率に左右されるのか。数学者ですらないのに確率の話になると途端に目の色を変える。私は確率なんて人がうち立てた予測でしかないし、この世に100%も0%もないと思っている。この考えは重要だ。▼人は、日常が当たり前で100%だと過信する傾向にある。電車が来ない、注文したものが届かない、予定していたコンサートが延期。こういった出来事にぶつかってしまうと狂ったように憤慨する人がいるが、それは日常を過信した結果である。いくら機械が普及し、便利な世の中になったとはいえ、根本には人がいる。彼らがいくら100%の努力を目指したとしても、その通りに物事が進む保証はない。だから当然間違いも起こる。このことを忘れてはならない。民法上の問題に発展したときに、自分の正当性を主張し、相当の代償を求めるのは正しいことだが、相手に非難、批判を浴びせることは義に反する。自身の心を清く保つためにも当たり前、100%、常識という概念はあまり持たない方がよろしい。▼100%、0%の話をしたが、どう転ぶか解らないものにも人は魅了される。先程の宝くじもそうだが、「ギャンブル」というものについて述べたい。ギャンブル、賭け事は私たちを魅了してやまない。昔から切っても切れないものとして存在し続けてきた。競馬、競輪、競艇、麻雀、その他諸々の賭け事。一度はまってしまうとなかなか抜け出せない中毒性がある。しかし、それらは人と人の勝負事。まだ面白さが理解できる。▼しかし、問題はパチンコ、スロットである。最近、武蔵小山の商店街にもパチンコ屋が増えた。昔から商売していた店が畳んでしまうとすぐにパチンコ屋に早変わりする。そして、開店前から列を作って並ぶ人々。主婦もいるようだが、家事はどうした。勝手な推測でしかないが、子どもたちに朝ごはんを作ってあげたのかと聞きたくなる。店の自動ドアが空けばジャラジャラとけたたましく鳴り響く音。刺々しい程にライトアップされた店内や店の看板。正直、目障りでしょうがない。学生の頃は足を運んで遊んだ経験も多いが、今となっては時間の無駄でしかないと思ってしまう。楽してお金を稼ごうと思ってはならない。しかも、対人ではなくて機械に翻弄されるなんて悲しくはないか。そういったものにうつつを抜かすくらいなら人と対面したり趣味に講じたりして、怒ったり悲しんだり笑ったりして繋がった方がよっぽど幸せだと思う。賭博場の街の景観とそこに集まる人の質を著しく下げる。大阪府も離島にカジノの建設を考案しているようだが、それは果たしていかなるものか。表面的な収益は見込めるかもしれないが、それ以上の多くの害を及ぼすのではないかと踏んでいる。民も官もギャンブルは程々に。▼さあ、今年も残すところあと一日。元旦の初夢は一体何が拝めるだろうか。一富士二鷹三茄子。できたら富士山が見れれば良いのだが・・・。
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by komei115 | 2011-12-30 23:12 | Column
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第2回

「空気草履」 古今亭志ん生(5代目)


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「天衣無縫」ともいわれる芸風で一世を風靡した唯一無二の落語家であった古今亭志ん生(1890~1973)。息子は志ん朝(こちらの方が有名か)である。
「空気草履」は氏の自伝「なめくじ艦隊」の一章に記されている話だ。
「噺家は地所なんぞ買うという料簡が間違っている。ゼニがなくて貧乏しているというところにおかしみが浮き出て、それが噺になるんです」
「もともと落語てえものは、面白いというものじゃなくて、乙なもの。さんざ浮世の苦労をなめ尽くして、すいも甘いも知り抜いた人間が聞くべきものなんです。世の中のウラのウラをえぐっていく芸なんでね・・・」
こういった噺家としてのあるべき姿、落語の在り方を語る様は粋なもので、氏が生粋の江戸っ子であったことを感じさせる。
また、仕事に対する考えもやはりプロだ。自分で楽しんじゃいけない、商売は楽しいもんじゃないと徹底してお客を満足させることにだけ神経を尖らせる。よく落語で噺のはなにちょっとした世間話などをすることを「まくら」という。なぜ「まくら」があるのか。それは、客の相を知るためにあると氏は言う。さぐりを入れ、「何を言っても感じないようなのは、こりゃア団体だナとか、初めて聞く人だナというようなことがわかるから、そういう人に打ってつけの噺をパッともっていく。たいがい当た」るそうだ。なるほど、人のツボも千差万別。いろんな角度で観察し、くすぐりをいれていくことが本題の噺を成功へと導かせるコツなのか。
落語に疎い私も興味を持たされる。落語家、噺家の生きざまとは何か。時代の波にどう太刀打ちしていくのか。一度、落語をじっくり聞きに行き、それらを確かめるとともに、粋なもの、乙なものを味わいたいものだ。
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by komei115 | 2011-12-29 18:50 | Reading&Music
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私が最も敬愛するロック歌手。
今は亡き、忌野清志朗。

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それはこれから先も変わることがないと思う。
気持ちが沈むと彼の歌を聞く。JUMP,デイ・ドリーム・ビリーバー、GOD、雨あがりの夜空に、トランジスタ・ラジオ、スローバラード、風に吹かれて、云々・・・。これらの曲を聞いて気持ちを奮い立たせ、勇往邁進する。いわば、私の駆け込み寺のような存在である。
今年も彼の歌にたくさんの英気をもらった。震災が起きてからのテレビの暗いニュースの連続にうなだれていた時、このJUMPには救われた。
4月頃に、斉藤和義が「ずっとウソだった」という原発批判を持ち歌の「ずっと好きだった」の替え歌にしてYOU TUBEで公開して話題になったが、私はどうもあの歌が気に入らなかった。斉藤和義の歌はそれまで良く聞いていたし、清志郎とコラボして「空がまた暗くなる」を一緒に歌っていた映像は好きだった。
しかし、原発に関してそれまで何も主張をしていなかった彼が、事故が起こった途端、ウソだの、クソだのと言うのには少し気が引けたのだ。ただ批判だけし、希望も何も持てない歌にさらに暗くなる。今も脱原発の活動を主体となって行っていたらカッコいいのだろうが。
そう思うと、やっぱり清志朗の生きざまはカッコいい。サマー・タイム・ブルースなどでずっと前から原発の怪しさを歌っていたし、THE TIMERSの時は政治批判も凄まじかった。堂々とおかしいことはおかしいと歌に乗せて主張する姿は輝かしい。私の理想の大人像だ。
もし、彼が今も生きていたら、この日本社会に向けて何を発信するのだろうか。私としたら「愛し合ってるかい!」ともう一度叫んでほしい。


何が起こっているのか 誰にもわからない

いい事が起こるように ただ願うだけさ

眠れない夜ならば 夜通し踊ろう


YOU TUBEから流れる清志郎の優しい笑顔と叫び声に涙があふれる。一緒になってこぶしを突き上げてしまう。


JUMP 夜が落ちてくるその前に

JUMP もう一度高く JUMPするよ


一度、生前にライブに行ってみたかった。その頃あまり知らなかったのが残念でしかたがない。
来年、年明け一発目の映画に「忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー ~感度サイコー!!!~」を見ようと決めている。

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新宿バルト9ですでに公開されているのだが、今はまだ我慢。
来年はきっと私にもみなさんにもいいことが起こりますように。
期待を込めて高くJUUUUUUUUUUUMP!
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by komei115 | 2011-12-28 23:03 | Reading&Music
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崖の恐怖と闘いながら、景色を楽しみ、カメラに収めていく。そんな私を無視して彼女はどんどん先を進む。
歩きはじめて一時間ほど経った頃であろうか。遠くの方で汽笛やら機械の音が鳴り、途中でレールから振動が伝わってくる。

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トロッコだ!
今でも、運行していたなんて。屋久杉の伐採はしていないものの、自然の力によって折られ、山野に転がる大木を回収して回っているらしい。市場で出回っている屋久杉の加工品は全部その大木から作られているようだ。自然を守りたいと思う人々の手によって伐採を禁止し、残された木や倒れた木の恩恵を授かる。屋久島に住む人々の生き方に感心する。

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しかし、いつになったらこのトロッコ道は終わるのか。

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2時間歩き続けても永遠と連なるレール。

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そして比較的安全な橋と

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まるで大きな平均台を渡っているような危険な橋の連続。

坂道を上っているわけではないのに、どんどん体力が削られていく。
極度の寝不足と精神的な疲れ、後は無理して彼女の荷物まで持ってあげたことが大きい。
まだまだ先は長い。さすがは縄文杉。見る価値があるだけのことはある。
気を引き締める。

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たまに気が緩む。

しばらく、歩いていると人と出くわす。
「こんにちは」
「こんにちは」
挨拶が気持ちが良い。山に行くと見知らぬ人でも挨拶を交わすのか。また、追い抜くときやすれ違うときには道を譲ってくれる。
「もう少し歩いたらもののけ姫のシシ神様に会えるよ」
「そうなんですか!?」
「すごくそっくりな木があるからよく注意して見てみるといいよ」
「ありがとうございます」
こんな優しい言葉までかけてくれる。
登山者のマナーの良さ、笑顔、親切心にいちいち感動する。登山って楽しい!
しばらく注意して歩く。

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むむ。

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むむむ!
これは、首が伸びた時のシシ神様じゃ~!
すごい。そっくりだ。
「はりつめたー弓のー ふるえる弦よー」頭の中でサウンドトラックが流れだすと、早速アシタカのモノマネに移った。
「 乙事主よ、静まりたまえー!」
気が済むと、それから崇る。


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すでに私は屋久島の魅力、登山の魅力に取り憑かれていた。
シシ神に英気をもらい、興奮冷めやらぬまま、また歩き出す。
長いトロッコ道もあと少しのようだ。行ける!
山賊王に俺はなる!
・・・いや、山賊はちょっとダサいなー。
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by komei115 | 2011-12-27 14:59 | Diary
先日、買ったまま放置しておいた作家森見登美彦氏の「夜は短し歩けよ乙女」を今更ながら読んでいた。

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京都を舞台とした独特の世界観と軽妙な言葉の遊び、インテリ・オタクっぽさに面白さを感じ、読み進めていく。しかし、読みながらふと思った。
このタイトル、以前にどこかで聞いた覚えがあるような、ないような。
すると、一節の歌が私の口から自然と出てきた。
「いのちーみじーかし こいせよーおとめー・・・」
あれ、この歌なんていう歌だっけ?なんで知っているんだ?
考え始めると、いてもたってもいられなくなり、寝台から跳び起きてパソコンで調べる。
「いのち短し 恋せよ少女(おとめ)」というこの詩は「ゴンドラの唄」の一節であった。

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そして、急に閃いた。
そうか、「生きる」だ!
ちょっとしたアハ体験に喜びながら、あの日の感動を思い出す。

世界の黒澤明監督による映画「生きる」。

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胃癌を宣告された男が日々流されて生活していたこれまでの日常を見直し、残された余命を勤めていた役所仕事に全力を注ぎ、地域の復興に貢献していく話だ。彼の死後の葬儀で、大勢の人が押し寄せて彼の死を嘆き、功績を讃えるシーンは感動的だ。そして、そのことで一人の男の記憶が地域住民の心に刻まれるとともにこれが「生きる」ということかと深い感慨に浸ったのを覚えている。私の大好きな映画の一つである。

おっと、いけない。音楽の話だった。
この「ゴンドラの唄」は主人公の男が小雪吹雪く寒空の夜に、公園のブランコで口ずさんでいた。住民の要望に応えて奔走し、念願かなって完成した公園に響き渡る彼の消えかかったような歌声はとても哀愁が漂っている。しかし、ブランコに揺られるその表情は幸せそうで、思い残すことなく人生を全うした一人の男の顔だった。まさに有終の美である。


いのち短し 恋せよ少女

朱(あか)き唇 褪(あ)せぬ間に

熱き血潮の 冷えぬ間に

明日の月日は ないものを

      ⋮ (省略)

いのち短し 恋せよ少女

黒髪の色 褪せぬ間に

心のほのお 消えぬ間に

今日はふたたび 来ぬものを


この歌はもともと女性が女として生きていられる時間の果敢無さ、尊さを歌ったものだと思う。だから、限られた時間、一日一日を大切に恋をしなさいと。
人生も恋と同じである。同じ時間の連続に見えて、一瞬一瞬自分は変化し、死に向かって確実に進んでいく。人間、遅かれ早かれ死からは逃れることはできない。一度の人生、悔いを残さないために何ができるか。それは、一生懸命死と向き合い、生きているその瞬間の自分に恋をすることだ。そうすれば、一生懸命生きることができる。生が輝きだす。
自分がなんとなく惰性でつまらない生活をしていると思う時、この歌は私の心に火を灯し、再び生きる活力を与えてくれる。
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by komei115 | 2011-12-27 13:23 | Reading&Music
ネタばれ注意!

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遅くなってごめんなさい。本当は24日のクリスマスイヴに観るはずだった。そして、鄭大世(チョン・テセ)と握手を交わし、パンフにサインをいただくはず・・・だった。
当日、少し早かったかなと思いつつ渋谷アップリンクに到着してみると、人混みが。「あれ?」と少し不安になりながらもチケットを求めてカウンターに行くとすでに完売とのこと。女性スタッフが厭味ったらしい半笑いの表情を浮かべながら私を見てそう告げた。
ガーン。
わざわざ、いちゃつくカップルで溢れ返る渋谷の人混みの中を縫って辿り着いたというのに全てが無駄足に終わった。
「ここは普通の椅子並べてあるだけなんだから一席くらい作れるだろ!最悪立ち見でも構わんぞ!」と言う度胸もなく、うなだれる。結局、何もすることがないのでそのまま駅に向かう。頭の中は真っ白だった。こんな日に、こんな屈辱を受けるなんて。泣きながら家路を歩いた。
そして26日の今日。やっとの思いで観てきた。リベンジを果たしたのだ。サインはもらえなかったけど、パンフレットを買ってしまった。パンフを買うなんて二人で寺島しのぶにサインしてもらった「キャタピラー」以来である。それまであまり鄭大世のことは知らなかったが、一気に彼のファンになった。これからは応援していきたい(ミーハーと呼んでもらって結構)。

2006年から4年半川崎フロンターレでFWとして活躍し、ドイツ・ブンデスリーガのVfLボーフムへの移籍も果たした在日コリアン3世のプロサッカー選手・鄭大世の軌跡と苦悩を追った姜成明監督によるドキュメンタリー映画である。日本に生まれ、国籍は韓国、代表チームは北朝鮮という複雑な境遇。なぜ鄭大世は複雑に、孤独になることを解っていて日本代表でなく北朝鮮代表を選んだのか、その答えをこの映画で探っていく。
鄭大世の素顔を、世界6か国、およそ3年にわたって活写し、切り取った映像の数々はどれもがダイレクトに胸に響くものがあった。サッカー選手としての成長・飛躍を目指す一方、「自分のホームはどこか?」と歴史的背景に翻弄(ほんろう)されてきた一人の在日コリアンとしての彼の姿に胸をしめつけられる。それらをまるでPVのように上手くストーリーとして編集し、また鄭大世の愛らしい人間性、感情の移り変わりなどを映像に収めることができた監督の手腕は大きく、光るものがある。最後の川崎フロンターレのサポーターとのシーンはとても感動的である。大変良作の映画であった。この映像はもっと広く全国に公開していくべきだ。大人だけでなく、サッカー好きな子どもたちにも観てもらいたい。

私も、この映画に対し、懸命にレスポンスしなければと思い、考えてきた。
在日問題。その歴史は1910年の日韓併合に遡る。それ以前も移住する朝鮮人はいたようだが、日韓併合後を境に爆発的に日本への移住者が増えた。彼らが望んできたのか、強制的に徴用として連れてこられたのかも未だに議論が分かれており、詳しい内容や数は私には分からない。しかし、日本軍に拉致され、軍隊の補充要員になって戦地の前線に駆り出されたり、従軍慰安婦として働かされたりした朝鮮人たちがいたことは事実である。おぞましい負の歴史。決して忘れてはならない。
戦争が終わると、帰国する朝鮮人も多くいたが、その後の朝鮮戦争で帰るに帰れなくなった人たちが出てきた。そのまま、南北が北朝鮮(ロシア)と大韓民国(アメリカ)に分断され、そのまま日本での生活を余儀なくされた人たちが現在約60万人いる。したがって、父親が韓国籍、母親が朝鮮籍などのケースも珍しくないし、日本人と結婚して新たな家庭を築いた人たちも少なくない。彼らはプライドを汚され、言葉を失い、それでも懸命に同胞たちとともにコミュニティーを作って生きてきた。日本人はそれを部落として差別し追いやり続けてきた。悲しい歴史である。この頃の背景は井筒監督の映画「パッチギ!」と「パッチギ!2」でよく描かれているので是非見ていただきたい。

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ちなみに、この2作品とも私が大好きな映画の一つである。
在日コリアン1世、2世である彼らは、日本の地で生きながらも祖国に対しての気持ちは大きく、愛国心が強かった。しかし、時代は移り変わり、今では3世が主体となり、なんと6世までいる。そんな彼らを取り巻く環境も変わってきた。昔は子どもを朝鮮学校に入れるのが主体だったが、今では日本学校に入れる親もいて、日本人として生きる人たちも増えた。鄭大世や安英学(アン・ヨンハ)みたいな祖国でプレーすることを選ぶ選手もいれば、李(リ)忠成のように帰化し、日本代表を選ぶ選手も出てきた。
生きるうえでの選択肢が増えたことは非常に良いことだが、それでも彼らは未だに続くレッテルや差別に苦しめられている。日本人にも、韓国人にも、朝鮮人にもなりきれない人々。「自分たちのホームはどこなのか」と嘆く彼らの気持ちは自分には決してわからないけど理解したい。私たち日本人には彼らを理解する努力をし、考え続ける責任がある。決して「わからない」「関わりたくない」という言葉で済ませてはならない。
国籍も、人種も、信条も、血も、今のご時世もう関係ないではないか。それなのに北朝鮮が何か危険な行為に及ぶと彼ら在日コリアンまで非難するのはどうかと思う。「なぜ、日本にいてまで北朝鮮を庇護するのか」と軽蔑する連中や、「北朝鮮も在日も滅びろ」とネット上で罵る不逞の輩もいるが、もし、自分の親が悪さをしたとして、だから親を見捨てられるかといったらできないだろう。
最近、大阪市長に決まった独裁者橋本徹も彼ら在日コリアンにひどい仕打ちをしている。朝鮮学校の教育補助金を大幅にカットしたり、「金正日の肖像を外さないと無償化認めない」などとの発言を平気でしている。子どもの教育という大事なことに関してよくそんな教育や信条の自由を奪うような発言ができたものだ。それも法律上正当なものとして主張しているのだから、法律の懐の狭さというか、そんな事を感じてならない。一人の人として彼らと向き合い、受け止めるべきだ。

以上、詳しいことも知らないくせに自分勝手にグダグダと話長く述べてきた。伝わらないこと、誤解されることも多いだろう。気を悪くした人は申し訳ない。至らないところは指摘して頂けたら嬉しい。
最後に一つだけ、この映画を通して生まれた自分の飾っていない純粋な気持ちを述べたい。
彼らが悩み、苦しみ抜いた末にとった選択全てを私は受け止め、尊重したい。そして、これからも一人のサッカーファン、スポーツファンとして、国籍や人種も関係なく、ただ彼らの巧みなプレーに魅了されたいし、その一生懸命な姿に励まされ、応援を送りたい。反則的な行為は認められなくても、国柄、人柄でブーイングだけは決してしたくない。それが、スポーツを愛する者としての紳士的な振る舞いだと信じている。

この作品を今年最後の映画にしようと思う。
大変良かった。出会わせてくれてありがとう。
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by komei115 | 2011-12-26 22:20 | Movie
23/12/2011

この日はクリスマスイヴイヴ。正直どうでもよい日なのだが、好きな人と過ごすとやはり思い出の一日となった。六本木のミッドタウンでイルミネーションでも見ようかと思ったらいつにない程の人混み。ごみ。塵。極寒の中、しばらく待っていたが進む気配が全くない。結局イルミネーションの100m手前で挫折し、ヒルズへと向かった。
森ビルに入り、スカイラウンジまで温温とエレベーターで一気に上がる。「ふははは、まるで人がゴミの様だ!」と恒例のモノマネを披露し、気分上々のまま森美術館へ。私が以前から行きたいと思っていた「メタボリズムの未来都市展」を見るのが目的だ。

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隣りでは彼女がドン引きしている。「何も今日美術館に行かなくても・・・」といいたそうな彼女を尻目に、一人でツカツカと作品を見てまわる。
メタボリズムとは肥満のことではない。それはメタボリックシンドロームのことだ。では何か。それは1960年代にわが国で主張された建築理論のことである。「新陳代謝」を意味し、丹下健三に強い影響を受けた建築家たちが、機能などの外的要因の変化に伴って都市や建築も変化していかなくてはならないと訴え、この言葉が誕生した。日本の有名な建築家と言えば、黒川紀章、菊竹清訓、槇文彦といったところか(あまり詳しくは知らないが)。実際メタボリズム運動の中心にいた人物たちである。
大きく4つのセクションに分かれており、それぞれメタボリズムの誕生、時代、空間から環境、グローバル化という流れになっていた。海上都市や、空中都市などの構想をもとに展示されてあった模型やスケッチは、まるでアトムやドラえもんの世界だった。きっと手塚治や、藤子F不二夫はこういった彼らの設計した未来都市の像に刺激を受けたのだろう。高度経済成長期に突入した日本で、彼ら建築家が見ていた無限の可能性に広がる景色に思いを馳せる。しかし、ミクロの視点で見てみると、すごく味気ない。巨大な集合住宅が並ぶ街は個性がなく、どこかつまらない。そんな巨大な建物の一つの部屋はまるで細胞のセルのようでそこに暮らす人々はミトコンドリアやゴルジ体のように見えた。すごく息苦しさを覚え、もっと自由な空間にいたいと思った。
空間から環境への転換ということでの日本万国博覧会後の取り組みには驚き、感心した。正直、大阪万博で使用したあの広大な土地は今一体どのようになっているのか、太陽の塔、エキスポタワーはどうなっているのか興味があった。万博後、環境NPOを中心に30年かけて植林活動を行い、今では緑豊かな森林公園へと姿を変えていた。太陽の塔は未だ健在だ。CEPA(セパ。Communication・Education・Publicity-Awareness)を合言葉に広報、教育、普及啓発を行ってきた当時のNPO団体の活動は素晴らしい。今ではCEPA JAPANという団体が組織されているようだ。今後は一層、建築に環境というテーマが大きく関わってくるだろう。自然とどのように共生していくか、またどう形成するか、その活動に注目したい。
メタボリズム展を見終わり、出口に向かう途中、若手アーティストであるツァン・キンワー氏の映像インスタレーション展がやっていた。朝日新聞でこの存在を知り、見に行きたいと思っていたがまさかメタボリズムとセットで見れるなんて(ちなみにこのインスタレーションは建築とは全く関係ない)。興奮する気持ちを抑え、早速部屋に入る。

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しばらくすると暗い部屋にぼうっと光の文字が浮かび上がる。それらは「殺戮」、「絶望」、「彼の死をおまえは望む」といった言葉でとても不快で、挑発的である。それらがおどろおどろしい音楽とともに浮かび上がり、次第にごちゃごちゃに文字が被さっていく様は、観ていて感情が、魂が揺さぶられる。恐怖かと思ったが、それだけではない。心が拒絶と同時に受容するという矛盾した感覚に陥ったのだ。次第に言葉が文字となって崩れるように欠けていく様は言葉の脆さ、果敢無さを感じた。
日本語と英語の2種類がループして流れるが、断然母国語の方がインパクトが大きかった。英語だとポップアートの印象が強かった。見れて本当に良かった。
全て終わってみると、彼女もどうやら満足してくれたようで結果オーライ。街はクリスマス一色。綺麗なイルミネーションも良いが、こういう時に美術作品に触れるのも乙なものではないか。別にクリスチャンじゃないんだし。クリスマスだからと下心見え見えで夜の街を徘徊する男女を見ながらそう思った。
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by komei115 | 2011-12-25 22:21 | Diary

日日是思慮 その11

そろそろ年越しの準備のために部屋の大掃除をしなければと思う。しかし、何だか腰が重い。部屋が汚いのは嫌だが、掃除をするのは面倒くさい。やり始めると案外おもしろかったりすることに限って、取りかかる決意をするまでに時間がかかる。できることなら楽したい。誰かにやってもらえないものかと考えるずるい自分がいる。専属の家政婦がいれば…。▼家政婦といえば、今季のドラマ「家政婦のミタ」はものすごい反響を呼んだみたいだ。単純平均視聴率24.8%、最終回はなんと40.0%という快挙を果たした。5人に2人はこのドラマの最終回を見たことになる。今のご時世、you tubeやニコニコ動画などのインターネット動画でいつでも作品を見れるようになったため、実際に観た人間はもっと多いだろう。2人に1人は観たと言っても過言ではない。▼2000年に放送された木村拓哉、常盤貴子主演の「ビューティフルライフ」以来約11年振り、テレビドラマ史上3位タイという結果を残した今作品。良くて15%越えの視聴率という今日のテレビ業界において一体、なぜこのような結果になったのだろうか。震災後の影響で、家族の絆を求めるホームドラマが人気を得たから。インターネットで話題になったから。といった様々な憶測が専門家たちの間で飛び交っている。▼私は普段テレビを見ないため、インターネットによる話題で「家政婦のミタ」の存在を知り、興味を持った人間(ある意味乗せられた人間)の一人だ。しかし、それだけが事実ではないだろう。話題に参加したいという気持ちだけならここまでの結果にはなってなかったはずだ。では家族の絆を人々は求めたのか。いや、それは少し安易な発想ではないか。確かに“今年は絆”が叫ばれた年だったかもしれないが、それをこのドラマに救いを求める程人々は単純ではない。▼思うに、松島菜々子演じるミタのミステリー要素、大袈裟過ぎるほどの設定と現代社会の風刺要素、登場人物のシンプルな相関関係の要素、そしてテーマ性という要素がうまく調和できた結果である。特にミステリーの要素は大きいだろう。▼回を追うごとに深まるミタの過去となぜ笑わないのかという謎。全く笑わない松島菜々子は妖艶であり、演技力も素晴らしく魅力的だ。また、ミタの命令されれば何でもやるという行動には毎回驚かされ、次はどんなことをしてくれるんだろうと期待が膨らむ。大袈裟過ぎる登場人物たちの言動はどこかコミカルで、毎回の家族に戦慄が走る光景は驚きを通り越し、もはや笑えてくる。そして、「○○ってなあに?」と質問する子どもに対し、言いにくいことでもズバッというミタの発言はどこかシニカルだ。▼相関関係が単純明快で解りやすい分、それぞれの登場人物の気持ちにスポットが当たりやすくクリアであった。そして、“絆”よりも“喪失と再生”が強く出たテーマ性。家族の柱であった母を失い、先が不透明な家族はミタに頼ってばかりなのだが、ミタは肝心な時に「それはあなたが決めることです」と一蹴する。これはとても大事な一言だと思った。結局、未来を切り開いて行くのは自分自身の選択でしかないのだ。それをこの作品では示唆していたように思う。▼全話を通してとても面白い作品だと思った。今までにない感じで、おすすめのドラマである。それにしても最終話の松島菜々子の笑顔はずっと見ていなかった分とても綺麗だったなあ。
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by komei115 | 2011-12-24 23:54 | Column
ネタばれ注意!

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『キッチン・ストーリー』などを手掛けたノルウェー出身のベント・ハーメル監督による作品である。

とあるノルウェーの町。クリスマスイヴの夜に巻き起こる様々な出来事。サンタに変装し、以前のわが家に潜入する男の話。その男の友人の医師が、コソボ出身のもう帰郷することができないというカップルの赤ちゃんを取り上げようと奮闘する話。ある少年が、イスラム教徒のためクリスマスを祝うことがない女の子と一緒に過ごす話。故郷に帰るためにお金を集める物乞いのおじさんの話。ベッドの上で激しく愛し合うカップルの話。長年連れ添った老夫婦の話。
複数のエピソードを見つめているとわかってくる。この人たちは決して幸せではないのだ。どこか心に穴があいている。その姿にはどことなく寂しさが漂っている。部屋に飾られたクリスマスツリーがまるで心情を表すかのように寂しく光る。しかし、不器用ながらもそれでも聖なるクリスマスイヴという日に人と繋がるために懸命に生きようとする人々をみるととても心が温まる。
北欧映画独特のシュールさで、さまざまなエピソードがつながっていき、登場人物たちの人生が明かされていくうちに次第に映画に引き込まれていく。最後に流れる音楽は、全ての物語を美しく飾りつけているようで、心にじんわりと沁み渡る。

主題歌 Maria Mena 『Home for Christmas』



とてもハートフルな映画である。ちょうど明日、明後日はクリスマス。恋人と、親と、大切な人と見る映画にピッタリの作品である。
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by komei115 | 2011-12-23 23:58 | Movie