青い果実の実る頃には

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ネタばれ注意

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少しだけ寛容に、少しだけ勇敢に。そして少しだけ人を信じてみる。そうすれば、きっと雨も上がるんじゃないかな。

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by komei115 | 2012-02-29 22:48 | Movie

日日是思慮 その29


歌手の人気は昔から、近年はアニメ等で声優が人気を博してきている。そしてデジタル化が進んだ今日、日本では「声」というアナログをデジタルへと変換する動きが注目されている。▼「初音ミク」というものをご存じだろうか。今やアルバムチャートで1位を得る程人気のヴォーカロイド。曲とそれに合わせた歌詞、音程をパソコンで入力すると、人間そっくりに歌ってくれる。YOU TUBE等で自身が作った歌をアップすることができ、世界中の人が聴いて評価することができるのだ。これまで潜在的に埋もれていた素人でも花開くチャンスがいくらでも広がるようになった▼音声は何も歌だけにとどまらない。声によって性別、年齢、身長など事件解決に繋がる推理ができるようになった。指紋ならぬ声紋である▼音声による福祉事業も進められている。声帯を失った人、使えなくなった人でも、自分の声でしゃべれるように以前の自分の声を再現してパソコンにプログラムすると、パソコンを使っていろんな会話ができる▼一音一音を区切る単調な機械音声では味気ない。しかし、今の技術は音から音への移動音までプログラムできるようになり、人の温かみのある声、伸びやこぶしのある歌声などを再現できるようになってきている▼声は楽器以上に優れ、豊富な音色を出すことができる。そして、想いや感情を乗せて相手に届けることができる。声に対する可能性はビジネス、福祉、政治、文化、いろんな面で無限に広がる。デジタルの流入によってこれからどんな発展があるのかが楽しみである。
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by komei115 | 2012-02-28 22:11 | Column

 改札を抜け、構内から外に出ると、脳が揺さぶられる程の強烈な匂いが襲ってきた。
 それは勝沼の夏の訪れを知らせる匂いだった。盆地特有の内陸性気候による暑く、乾いた大地の匂い。そして、仄かに香る葡萄の甘い匂い。景色だけでなく、匂いまでもがあの頃そのままに漂っている。
 右を見ると葡萄棚があり、蔦が活き活きと柱に巻き付き、生い茂っている。そこから開花、結実を終えた葡萄の実が小さく緑色に生って垂れていた。小さなスペースとはいえ、よく手入れが施されている。正面遠くの方に目を移す。薄暗くて確認は難しいが、一面葡萄棚が広がるぶどうの丘がある。今も栽培を続けているのなら清太郎の葡萄棚もあの一帯にあるはずだ。きっと、この駅の棚に実る葡萄のようにこれから実を太らせていくのだろう。
 幹斗は白昼夢を見ているかのようにぼんやりとコンコース一体を見渡していると、一台のタクシーが目の前に止まった。助手席の窓き、
 「乗りますか?」
 の一言に我に返り、慌てて乗車した。行き先の勝沼病院の名を告げるとシートに深く身を沈め、幸恵にメールを打つ。
 『今駅に着いた。これからタクシーで向かう』
 送信されたのを確認し、やることがなくなると不安が募ってくる。ふと、車内から音楽が流れていることに気付く。運転手の趣味だろうか、静かだが、とても力強いブルースだ。すぐに Tom Waits の Tom Traubert's Blues だということがわかった。
 「音楽お好きなんですか?」
 「あっ、すみません。五月蠅かったですか?」
 「いえ、私も好きなんですよ。 Tom Waits」
 「ああ、そうでしたか。そんなに有名なんですか?恥ずかしながら、私は最近知って聞くようになったもんだから」
 「ええ、有名ですよ。しかし、洋楽なんで日本では知らない人も多いかもしれませんが」
 「そうなんですか。いえね、このトム・ウェイツってのは息子の影響なんですよ。今、高校生なんですけどね、どこで知ったのやら、突然息子の部屋から今まで聞いたこともないような音楽と渋いしゃがれた声が聞こえてきまして。グレープフルーツ・ムーンって言うんですかね。ええ、その曲が何とも言えない程心地よく耳に響いたんですよ。それからいつの間にか自分で集めるようになっていましたね。といっても、まだCD3枚程度しか持っていませんが」
 「息子さんとは仲が良いんですか?」
 「どうなんでしょうか、今も反撥し合ってばかりで。それでも、最近は口を開くようにはなりましたかね、お互いに。それまで私は思春期だからとどこか諦めていたんです。認めることも、認められることも。あいつが何を考えているかわからなかったし、わかりたくもなかったんです。でもね、息子が聴いている音楽を自分も聞いたとき、分厚いと思っていた壁が案外薄いんじゃないかと思えるようになったんですよ。あいつの興味を引くもの、求めるカッコよさ、不安や悩んでいることなんかがこの音楽に乗って届いた気がしたんですよね。
 あー、あいつはもしかしたらこんなことを考えているんじゃないかってね。なんとなくですし、間違っていたのかもしれませんけど、心が洗われたような気持でしたよ。
 そして、気がついた時には息子の部屋を久し振りにノックしていました。不機嫌そうにドアを開けた息子に、
 この音楽何て言うんだ?父さんにも教えてくれないか
 と言ったら、一瞬息子も晴れたような驚いた表情を浮かべて、
 Tom Waits
 とだけ、ぶっきらぼうに言って閉められました。
 その翌日、私が仕事から戻ってくるとリビングのテーブルの上に一枚のCDがポンと置いてあったんです。それはトム・ウェイツのCDだったんですよ」
 フロントミラー越しに笑みが零れているのが見える。さぞかし嬉しかったのだろう。
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by komei115 | 2012-02-27 19:26
ネタばれ注意

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これまでも、これからも変わらない死の宣告。知恵は我々に何をもたらしたか。そして、我々は人間として限りある生をどう生きるべきか。

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by komei115 | 2012-02-26 23:26 | Movie
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まるでキューブリックの映画を見ているようだった。53年という歳月が経っても、決して色褪せることなく一つの星のように光放つSF小説の最高傑作。

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by komei115 | 2012-02-25 22:56 | Reading&Music
 
 あの魚は一体何だったんだろうか。名前のない魚。自分の慣れない手で捌いた不格好な魚。最初で最後に釣った魚。以来、魚を釣ったことも捌いたこともない。
 鮮明なのに断片的な記憶の塊。
 赤く染まる自分の指。赤く染まる岩。見開かれた目。動かなくなった鼓動。冷たくなった体。
 激しく降る雨の音。誰かの声。激しく流れる川の音。
 濡れた髪から落ちる滴。赤く滲んだ雫。激しい雨。
 点滴の落ちる滴。白い天井。白い布。烈しい雨。
 ハゲシイアメ・・・。
 「ツギハカツヌマブドウキョウ。カツヌマブドウキョウ。・・・」
 アナウンスが耳に入り、はっとした。電車に乗っているうちにどうやら意識が飛んでいたらしい。車内の冷房が効いたせいか、頭に僅かな鈍痛を感じる。腕には鳥肌が立ち、ひどく喉が渇いていた。
 固まった首を解そうと回し、右の車窓前方から流れてくる外の景色を見る。闇に飲み込まれ始めた深緑の世界が飛びこむ。風景を隔てる建物はなく、人家は自然と闇とに溶け込んでいた。所々漏れる家々の光だけが車窓に映る自分の目から伸び、寂しく揺らめいている。近くに生える木々も、横を通る中央本線の車道も 、その上を走る車も、全てが現在から過去への線となって川のように流れていく。 そこは別世界だった。八王子から一時間半で来れる場所とは思えなかった。もはや時代すらも駆け戻ってしまっていた。吐気がするほど単調で、閉塞的で、乾いた懐かしい世界。
 急にトンネルの中に入る。暗い景色の中、一人不安になる。周りに乗客はいなかった。これからどうすればいいだろうか。すべき事、待ち受ける事がわかっているほど何もかもがわからなくなってくる。今になっても悪趣味な夢であって欲しいと願った。
 無常にもかいじ119号が徐々にスピードを落としていく。電車が軋み、クウクウと鳴いている。トンネルを抜け、また懐かしい風景に出迎えられながらホームに滑り込む。そして、完全に止まると役目を終えたかのようにプシューッという気の抜けた音とともにドアが開いた。
 勝沼の地に降り立った。
 15年振りだった。
 17歳の幹斗は、おどおどと改札口へと向かった。
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by komei115 | 2012-02-24 23:57

雑文・散文・駄文 その4

今日は2月23日、富士山の日である。この日、ちょうど河口湖に泊りがけで旅行に行ったのだが、当日花火大会が開催された。願ってもない幸運にしばし時を忘れて20分間の打ち上げを見守った。
花火が好きだ。点火して勢い良く打ち上がる瞬間が好きだ。地元の人々のいろんな想いを込めて打たれ、各地から来ている人たちに見守られながら上がるあの瞬間。全ての熱があの一点に注がれると思うと込み上げるものがある。そして心臓を貫く爆発音とともに、一瞬の輝きを人々の心に焼き付ける。最高の見世物。
冬の花火はまた乙なものだった。 夏の花火には哀愁を感じるが、冬の花火は春の訪れを感じさせる。生命の躍動。花火に感化され、自分の心にもエネルギーが沸々と湧き起こる。まだまだ希望はある。頑張ろう。そう思うと、涙に変わって流れ落ちた。
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by komei115 | 2012-02-23 22:45 | Miscellany

日日是思慮 その28


震災後の日本でよく流れた歌「上を向いて歩こう」。不安で塞ぎ込みがちだった自身の心に沁み渡った歌だ。歌なんて聞いてる場合うじゃないと思いながら、歌を聞くと心が浄化されるような心地がし、救われたところは大きい。一昔前に流行ったこの歌は「スキヤキソング」として世界的な音楽となった▼今、アメリカで由紀さおりが歌う日本の歌謡曲集「1969」がブームを見せている。驚いたのは英詩に変えて歌うのではなく、日本語そのままに歌っていることだった。「パフ」、「ブルーライト・ヨコハマ」「夜明けのスキャット」など音楽家ピンク・マルティーニがやわらかなJAZZスタイルにアレンジしているとはいえ、なぜ理解できない日本の歌がこんなにもヒットするのだろうか▼インタヴューを受けるアメリカ人は口をそろえて「言葉を知らなくても風景が見えた」「浮世絵の世界だ」「気持ちよさの中に哀愁を感じる」と言っていた。彼らは日本語を知らなくても、はっきりとメロディーとそこに乗せられる歌から心情と風景を的確に汲み取り、共有していたのだ▼研究者が「全てが日本語にある」と語った。日本語独特の母音の多さ。他の言語と比べて少ない単語でスローに歌えるところ。由紀さおりの声帯音域の幅広さと美しい日本語の発声ができているところ▼しかし思うに、もはや音楽に言葉、言語など関係ないのかもしれない。言葉の向こうにある世界を表現者が思いを込めて歌えば、歌詞はわからなくとも聞く者の耳を通って心に響くのだと信じたい。ジプシーキングスの「ボラーレ」の原曲はイタリア語だが、曲から夏の一面に広がる青空、逞しい大地を連想させ、鳥になって世界を見渡したかのようなパッションが心の中に沸き起こる。「ダウン・バイ・ザ・サリー・ガーデンズ」は元はアイルランドの音楽だが、庭先で女性と会っているはずなのだが、どこか悲しく、ほろ苦い思い出話の様な哀愁を感じさせる▼由紀さおりがインタヴューで「あなたは小さい秋と言われて何を思い浮かべる?」と逆に質問していた。それは夏から秋へと変わる上での小さい変化なのだろう。鈴虫が泣き始めた。さんまが食べたくなった。少し肌寒くなった。小さい秋はどこにでもある。きっと彼女はそれを思い浮かべながら歌っているのだろう。それを聞く者がどう感じるか。言葉を越えて世界が見えれば、それだけで素晴らしい音楽なのである。
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by komei115 | 2012-02-22 22:05 | Column
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肉体の美しさ、動きの大胆さと細やかさ、限られた空間の使い方。身体の無限の可能性と有限のもどかしさを表現するピナの振り付けに酔いしれる。

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by komei115 | 2012-02-21 21:28 | Movie

 すると、先程よりも大きく穂先が首を振るように上下に揺れた。その瞬間、
 「今だ、合わせろ!」
 という雅也の掛け声とともに、竿を上げる。突然重さが竿にかかり、手元がブルブルと震え出した。道糸が下流に向かって引かれる。
 「よし、いいぞ。無理にあげようとするな。引っ張られる反対方向にゆっくりと引きながら竿を立てていけ」
 言われたとおりにやっていると、しばらくして水面に水しぶきが跳ね上がる。その一瞬、光る川面の一点に、銀緑に輝く魚の背が見えた。数分の格闘の後、幹斗がさらに竿を立てながら後ずさると力尽きたのか、今度は白銀の腹を見せながら水面に浮かび、川岸に近づいてきた。よく見ると黒色斑紋の背。腹の側面に薄い小さな朱色の斑点が並んで光っている。
 雅也は道糸を手繰り寄せ、岸に上げると、
 「おお、甘子だ甘子だ。20センチ弱といったところか。初めてにしてはなかなかのサイズだな」
 「すごいの?」
 「ああ、初めての投げ釣りでもう一匹釣ったんだ。10分もかからずにな。すごいぞ、幹斗」
 そういって雅也はのたうつ甘子を片手でむんずと掴み、口に刺さっている針を外した。ミミズの残骸がまだ針に僅かに残っていた。
 「初めて幹斗が釣った魚だ。触ってみるか?」
 手渡されて持った時、幹斗は生まれて初めての生きた魚の手応えに興奮した。手が先程の振動を覚えたのか、僅かに余韻で震えている。震えた手の中で、隙あらば身体をねじらせ飛び跳ねようとする魚の鼓動と躍動を感じた。しばらく眺め、雅也が広げてくれた網の中に甘子を入れると川岸に沈めた。
 幹斗が初めて釣ってからも、適度に場所を変えながら釣り続けた。落とすポイント、餌の種類を付け替える時期、錘の位置の調整、魚によって合わせるタイミング。雅也の指示は全てにおいて的確だった。面白いように魚が釣れる。甘子が五匹、山女が三匹、そして甘子とも山女とも岩魚とも似つかずよくわからない魚が一匹。サイズは小さくて15センチ。大きいものでは24~5センチになった。何日か前に大雨が降ったせいか、水量も多く、二時間の釣果としては良好だった。
 常に一定方向に流れ、ごつごつと岩の飛び出る川。そんな厳しい環境の中に、こんなにも多くの生き物が平然と生きているのかと不思議に思った。
 「これだけ大漁なら実秋に勝てそうだな」
 雅也は誇らしげそうに網を引き上げ、中の魚を覗きながら言う。幹斗も嬉しそうに中を覗く。魚は網の中で重なり合い、縺れ合いながら必死にえらを動かしていた。
 昼食を食べた地点に戻ると、まだ実秋の姿はなかった。待っている間に魚を捌いてしまおうと雅也は自分のリュックから折りたたみの果物ナイフを取り出した。そして、川岸の平たい岩を水で簡単に洗うと、その横に網を沈めた。徐に魚を一匹取り出すと、岩の上に押さえつけ、えらに指を入れて顎を引きちぎる。そしてえらの中心に刃を突き立て、一気に頚動脈を断つ。ごりっという背骨が折れる鈍い音とともに、頭が下半分切り離されて岩に鮮血が流れ出した。体がピクピクと痙攣している。そこから腹を裂き、ドロッとした腸を全て刃で掻き出した時には、それまで微かに動いていた尻尾がピクリとも動かなくなっていた。血まみれになった魚を川の水に晒し、血抜きをしてからクーラーボックスの中に入れる。そうやって一匹また一匹と素早く綺麗に捌かれていった。
 「魚捌くの見るの幹斗は初めてか?川魚は血抜きする必要ないんだけどな。昔父ちゃんと釣り行くと必ず釣った魚を俺の目の前でこうやって捌いていたんだ。最初は見ていて気持ち悪いし、可哀想だと思ったけど、こうして持ち帰った魚は格別美味しかったんだよな。どうせ頂く命なら、魚も苦しませずに、美味しく食べてあげたいんだ。まあ、この言葉は父ちゃんの受売りなんだけどさ」
 雅也がどんな思いで話しているのか、その表情からは読み取れなかった。幹斗はただ黙って雅也の話を聞き、慣れた手つきで捌いていく光景をじっと見つめていた。雅也も初めはこんな風に黙って見つめていたのだろうか。
 命を食べるために自分の手で命を殺す。そう思うと、不思議と気持ち悪いとは思わなかった。規則正しく解体していく一連の動きを美しいとさえ思った。
 「僕もやってみたい」
 「そうか、じゃあ最後の一匹は幹斗に捌いてもらおうかな」
 網の中でゆらゆらと動く最後の魚。種別がはっきりしない魚。その魚を幹斗は雅也に教えてもらいながら、ゆっくりと解体していった。
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by komei115 | 2012-02-20 00:25