青い果実の実る頃には

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日日是思慮 その52

日々の日常生活ではついつい忘れてしまいがちの時の流れ。その速さを物語るのはいろいろとあるだろう。久しぶりに会う人の変化。久しぶりに行く街の変化。久しぶりに聞くニュース・・・。良いことも、悪いことも含んでそれらは私たちを一瞬のうちに過去へと引き戻す▼明日6月1日であの事件からちょうど8年を迎える。私の地元佐世保市で起こった小6同級生殺人事件だ。「加害女児」として更生施設に送られた少女は、8年の時を越えて成人を間近に迎える一人の女性となった。立ち直りをめざし、彼女はどういう「時」を歩んできたのだろうか▼2004年6月1日、長崎県佐世保市の市立大久保小学校で、6年生の女児が同級生の女児(当時12歳)の首をカッターナイフで切りつけて殺害した。長崎家裁佐世保支部は、最終審判で精神鑑定結果等をもとに、「情緒的に問題があるものの、障害と診断される程度ではない」と判断し、計画的に被害者の命を奪ったと認定した▼朝日新聞の取材での元裁判官の小松平内さん(62)の記事を目にした。「彼女は感情を言葉で表現するのが極端に苦手だった。コミュニケーションをとるのに苦労したが、生い立ちを調べて心を開いてもらえるような工夫をし、それが突破口になって感情表現ができるようになった」▼その後、少女は国立児童自立支援施設(栃木県)に送られ、鍵付きの個室で行動を制限する「強制的措置」の中で過ごすことになる。小松さんは何度か足を運び、親代わりの夫婦と暮らす少女は会う度に成長を感じたそうだ。「きちんと他人の目を見て話し、目に力もでてきた」と語っている▼友人が加害女児の姉と知り合いだったりと身近な話だっただけに、とてもショックな事件だったことを覚えている。同時にその当時活躍した臨床心理士に興味を持ってその後の大学進学に影響を持ったことも確かだ。あれから8年か・・・。時の流れは本当に速いものだとしみじみ感じる。
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by komei115 | 2012-05-31 23:04 | Column
昨日29日に「裸の島」、「一枚のはがき」の新藤兼人監督が老衰のため亡くなられたというニュースをたった今目にした。突然のことにショックを隠しきれない。
監督のことについては日を改めて書ければと思う。
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by komei115 | 2012-05-30 21:07 | Column

日日是思慮 その51

不安定な天候で、ときどきスコール見たいな雨は降るものの、ここ最近は昼間は段々と気温が上がってきている。先日は今年に入って初めて蚊に刺された。汗はたらたら、痒くてポリポリ。また、熱くて虫刺されの季節がやってくるのだ▼特に暑さはどうしようもない。加えて今年も去年に引き続き節電の夏である。テレビ番組で、東電は家庭向け電気料金の基本温料金が平均10%超での値上げと、また、時間ごとに電気料金が異なるようにする方針を打ち出しているという話を聞いた(そのぶんを冬のボーナス支給に計上していることが28日わかった。これもまた、大きな問題となるだろう)。これは上手く知恵を絞らないと夏を乗り切れそうにない▼電気料金で家計が苦しくなるのは嫌だという声が多い。30Aで契約している家庭(主に1~2人暮らし向き)ならまだしも、40Aで契約して生活している多くの子持ちの家族にとって、いきなりの値上げは酷かもしれない。しかし、電気は無限ではない。有限な資源の一つだ。これを機に、電気のありがたみを自覚するためにも多少の料金値上げは覚悟して無理のない範囲での節電を心がけて欲しい▼さて、節電をするにあたって、そこから電力のことを考えることも大事だ。発電には主に火力、水力、風力・地熱・太陽光・バイオマス等クリーンエネルギー、原子力がありそれぞれメリット、デメリットがある。これまで一番効率が良いとされてきた原子力だったが、危険性の高さと長期にわたる核放射性物質の貯蔵という大きな問題がある。かといって、クリーンエネルギーはまだまだ十分な電力量を賄えず、火力は地球温暖化、水力はダム建設等による自然破壊が懸念される。一筋縄では電力問題は解決しないのが現実だ▼しかし、去年の震災で原発の危険性に十分怯え、今も福島の地が汚染されている現状がある。原発再稼働の反対を掲げ、今後のクリーンエネルギーの展開、そして好きな電力会社から安全な電気を買えるような仕組み、個人の節電する意識の向上を目指していく必要があるかと思う。震災から多くを学んだはずの私たち日本人は「安全よりも安心を」。その心で原発に頼らない社会づくりをしていきたい。

―追記―

最近見た原発関連の動画で印象に残ったものを貼っておきます。

ドイツZDF フクシマのうそ

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by komei115 | 2012-05-29 23:00 | Column

日日是思慮 その50

今年は天文ショーの当たり年と言えそうだ。先日の金環日食に続き、部分月食(6/4)、243年に4回だけ起こる金環日食よりも珍しい天文現象である金星の日面通過「ヴィーナストランジット」(6/6 午前7時10分~午後1時50分頃)、木星が月に隠される木星食(7/15)、23年ぶりとなる金星食(8/14)と立て続けに見られる。日食グラスはまだとっておきたい▼過無限に広がる空には神秘とロマンで満ち溢れている。重力に縛られてきた人間が、鳥のように大地を離れ、空、そしてその先の宇宙空間へと目指したくなる気持ちはよくわかる。そして、実際に宇宙に飛び立てるようになった今の時代、「いつか自分も行ってみたい」と夜空に浮かぶ月や惑星に向かって手を伸ばし、果てしない距離を想像した人も多いのではないだろうか▼宇宙を身近に感じさせてくれるアニメ・映画もスタートした。いま、人気沸騰中のマンガ「宇宙兄弟」である。

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2006年。月に飛翔するUFOに遭遇し、「2人で宇宙飛行士になろう」と約束を交わした兄弟。時は流れて2025年。弟はすでに宇宙飛行士になっていて、兄は弟を追いかける。二人は宇宙を目指して奔走するという物語だ。少々展開がありきたりな感はあるが、宇宙飛行士になるという夢を掴む彼らの姿勢には熱くさせられるものがある。映画はまだ観覧していないが、アニメの方は「プラネテス」に次ぐ良作の宇宙アニメであり、おすすめだ▼「プラネテス」といえば以前ブログ内でも説明した宇宙ごみ「スペースデブリ」。衛星の破片や船外作業時に使う工具など2万2千個ものごみが宇宙空間を漂っている。もし、軌道を周回していれば、たかが1cmのアルミの球でも拳銃の弾丸よりもはるかな破壊力となり、ぶつかり合ってまたゴミが増え、しまいには宇宙が使えなくなる「ケスラー・シンドローム」も現実味を帯びてきている▼人間は科学によって宇宙にまでいけると同時に、宇宙までも汚染することができるようになった。「汚いごみを纏った星」にしないためにも、宇宙規模での環境問題を考えなければならない時代に突入したといえる。宇宙がSFでなくなりつつある今、「プラネテス」のデブリ屋ならぬ「宇宙ごみ掃除屋」の検討をしたりと、現実的に宇宙を捉える目も必要なとなってくるかもしれない▼これから先、近い未来で人間はもっと宇宙へと出ていくようになり、宇宙が身近なものになると信じている。「生きているうちに一度は宇宙に行ってみたい」。そんな思いを胸に、6月の天体ショーを待ちわびる
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by komei115 | 2012-05-28 22:44 | Column

 幹斗の目が覚めた時も、寝た時とほとんど同じ体勢だった。
 「おはよう。早いのね。ちゃんと眠れたかしら」
 声が掛けられ、見上げると幸恵が心配そうな顔で覗き込んでいる。
 夢は見なかった。ほとんど一瞬の出来事のように思えたが、不思議なことに久しぶりに寝たという感覚を味わっていた。
 「ああ、ちゃんと寝れたよ」
 「暑くない?」
 「うん」
 「そう、良かった。まだ時間あるし、もうしばらくこうしてる?」
 「幸恵がいいのなら」
 「ふふっ、いいわよ」
 幹斗は幸恵の腰に手を回すと、彼女を引き寄せて胸に自分の顔を押し付ける。子どもじみた行為に恥ずかしさはあったが、今はもう少しだけこのままでいたかった。
 幸恵から洩れる優しい息遣いが耳をくすぐる。雨は朝を迎える前に止んだようで、縁側に掛かった若干寸足らずのカーテンからは日差しが零れていた。
 しばらくして二人は起きだすと、幸恵は昨夜作っておいた朝食の準備に取り掛かり、幹斗は特にやることもなくリビングのソファに座ってテレビをつけた。
 可愛らしい顔立ちの女性キャスターが今日の運勢を伝えている。爽やかな笑顔が印象的なこの顔。以前、テレビ番組に出演したときに偶然局のロビーで見かけたことがあったが、今とは別人のような顔をしていたことを思い出す。彼女のひた向きな営業用の顔に同情した。
 「おはようさん」
 程なくして、雅也が首筋あたりを掻きながら、のそのそとリビングにやってきた。冬眠明けの熊とさほど変わらない姿に、幸恵が笑顔で話しかける。
 「おはようございます。昨夜は眠れましたか?」
 「おかげでぐっすり。いい朝餉の匂いだな。腹減った」
 「もう準備できるから」
 「ありがとう。顔洗ってくるよ」
 二人の会話があまりにも自然で、幹斗は羨ましくなると同時に不安になる。テレビから流れる自分の運勢が一位ということもどうでもよかった。荒々しくテレビを消し、立ち上がったもののやることがなく、リビングをうろうろと歩く。
 ふと、壁に掛けられた一枚の写真に目をやる。だいぶ古くなっていて、フレームは少し汚れていてる。近寄って手に取ると、後ろの壁の色がそこだけ鮮やかな白色に保たれていた。無理もない。30年近く同じ場所にかけてあったのだから。
 勝沼駅の菱山農協前に立てられた慈幣天羅(じべでら)不動尊の前で撮った家族写真。父清太郎の趣味で買ったカラーフィルムカメラで始めて撮った写真だ。ただでさえ、とぼけたようにピンボケし淡い仕上がりだったのに、長い年月光にさらされたからか今にも消えて無くなりそうなくらいまでに淡く、薄くなっている。母昌子の肩を抱き寄せる清太郎。母の前で行儀よく立ってる兄実秋と、その横で手を繋ぎ今にも地べたに座りこもうとしている幹斗。誰とまでは識別できるが、その表情までは読み取ることが難しい。この時の自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。しばらく、写真から消えそうな家族の姿を見つめる。
 はっきりと記憶を刻んだはずの色も、時間が経つと全て滲んで忘れてしまうのだろうか。忘れていいのか。忘れるべきなのか。今の俺には、忘れることなんてできない
 三人で朝食を食べ、各々外に出る準備をしているときに家の電話が鳴った。幸恵が電話に出て、しばらくして駆け寄ってくる。
 「今の電話お義母さんからだったわ。さっき、お義父さんが目を覚ましたみたいなの。早く用意して行きましょう」
 「そうか、わかった。俺は車準備してくるから」
 雅也は急いで支度をし、家を飛び出していった。
 幹斗の胸に鋭い痛みが走る。呼吸が苦しく、目の前が暗くなり、気を抜いたらふらっと倒れそうになる程に足が震えだす。シャツの左胸あたりを掴み、必死に深呼吸を繰り返した。
 まただ。ようやく落ち着いてきたと思ったのに
 また、非日常の世界へと引きずり込まれ、それに怯えている弱い自分がいる。これまでの一時の安らぎが嘘のように崩れていく。今すぐ逃げたいと思った。
 ふと、後ろから抱きしめられ、「大丈夫。大丈夫だから」と声が掛けられる。
 「私がついてるから。私はどこにもいかないわよ。あなたの隣りにいる」
 幹斗が顔を上げて振り返ると、幸恵は彼に優しくキスをした。
 「だから、大丈夫」
 彼女の吸いこまれそうな瞳に自分の顔が映る。
 幸恵がいる。幸恵の中に俺がいる。だから・・・大丈夫
 気がつくと、幹斗は幸恵とともに雅也の車に乗って、病院へと向かっていた。
 隣に座っている幸恵は、ずっと手を繋いでいてくれている。そのぬくもりだけを感じていた。


 
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by komei115 | 2012-05-27 23:43


私たち日本人が1年間に食べる肉(牛・豚・鳥)は約300万トン。だれもが毎日のように食べている膨大な量の肉、肉、肉。しかし、そもそも肉となる家畜は、どこで生まれ、育てられ、パックとなって店に並ぶのか。知っているようで、実は全くといって知らない。
現代の食料生産事情がここにある。私たち消費者が、見たくないものを排除し、できるだけ手間がかからないことを望んだ結果、視野がものすごく狭くなってしまったことを認めざるを得ない。

この2作品を見ると、出さずにはいられないのが「いのちの食べ方」という映画だ。少し紹介をしておきたい。
072.gif072.gif072.gif072.gif☆  8/10
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2006年製作(日本では2007年に公開。レンタル可)
本作は、オーストリアのニコラウス・ゲイハルター監督がおよそ2年間をかけて取材・撮影したドキュメンタリーである。世界中の人の食を担うため、野菜や果物だけでなく、家畜や魚でさえも大規模な機械化によって生産・管理せざるをえない現代社会の実情が映しだされている。牛、鶏、豚、魚、野菜など、料理の元が生まれてから殺されて加工されるまでの一部始終が、一切のナレーションを省いた美しい映像で、淡々と描写されていくさまは、リアルに胸に迫ってくる。

さて、これらの「食」にまつわる映画から私たちは何を考えるべきか。
思うに、食物に対する畏敬の念を持つことと、それを生み出す現場の生産者達の姿をこの目に捉えることではないだろうか。

まずは前者について。
以前テレビのニュースで、とある中学校の家庭科実習で育てた鶏を調理するという特集をみた。泣き叫ぶ子ども達。血まみれのエプロン。その光景を巡っていろいろと賛否両論があった。映画「ブタがいた教室」も、いのちを食すというテーマで記憶に新しい。
自分の手で刃を振るって家畜を殺し、それを料理しろとは言わないし、実際にやる必要性はこのご時世にはほとんどないと言っていい(サバイバル訓練をするのなら別だが)。精肉店や八百屋、スーパー、どこで買っても、何を買っても構わない。ただ、動物と肉との間に見えないカーテンが掛かった今日、そこに並べられた肉や魚の切り身を見て「食」を感じられる敏感さ、いのちと肉を直結できる感覚は持っていてほしい。だからこそ、機械でいのちが肉へと解体されていく光景は見ておくべきだ。
一昔前は一般家庭にも家畜がいて、それを食とする光景は当たり前のものだった。それが今は徹底した消費者へと移ってしまった私たちは、平気で肉を食べているくせに「殺すのはかわいそうだから」といって、はなから見るのを拒絶するのはおかしい。決して目をそらしてはならない。逆に「食材」と「提供者」に失礼である。
これらの映画を見たら、今の食事情のあらゆる問題に対して興味を持てるはずだ。
例えば一つ挙げるなら「食文化」。犬を食べる、イルカを食べる、クジラを食べる。ほとんどの人が普段、というか一生口にしないと思われるそれらの「食」は一見普通の「食」と関連性がないと思われる。しかし、「食」にもそれぞれ土地の歴史があるわけであって、あまり食さないものを食べるという人々を肉を食べる私たちが決して否定してはならない。菜食主義者ならまだしも、「あの動物は食べていいけど、この動物は食べてはならない」などという本末転倒的な動物愛護論を醸し出す人間にはなりたくないものだ。

次に後者について。
私たちの食を支えてくれている、農、畜、水産業の人々、それも現場で働いている「食の提供者」を見て、彼らからの恩恵で生かされている私たち消費者を自覚し、国の身勝手な判断によって危機に瀕している農家の人々のことをもっと考えるべきではないだろうか。
折しも私たちの住む日本では、菅内閣が「平成の開国」と称して、TPP(環太平洋経済協力パートナーシップ協定)への参加を打診し、それを継いだ野田内閣は参加表明をしている。
TPPとは加盟国の間で関税を撤廃して、自由貿易を推進しようという取り決めだ。現在12カ国が加盟(日本、メキシコ、カナダの表明国も含む)している。
TPPへの参加で農作物の輸入が自由化すれば、私たちの食生活も「より安く、いつでも食べたいものを提供する」という、グローバルな食のシステムの激しい洗礼を浴びることになるだろう。
それで何が失われるか。科学による大量生産によって食材に旬が消え、個性のない同じ形をした食材が並ぶ。土の匂い、肉や魚の臭みが漂っていた商店街や横町が消え、パックや缶に詰められた食材の味は何を食べているのか分らなくさせ、喜びは消失する。日本ならではの安全性の高い食を提供してくれていた農家が衰退し、安いが得体の知れない食品を平気で体に取り込んでしまう危険性を孕む。
私たち人間は、より良く、便利で、豊かな世界を追い求めてきたはずが、同時に飢えや貧富の格差に加え、食への不安やココロの貧しささえも生み出すという深い矛盾の上に立たされている。
さて、世界はここまできてしまった。私たちはこれからどのような形の未来を選択していけばよいのだろうか。この映画を観ながら、じっくりと考えてみてはどうだろうか。

今後もTPP含む「食」にまつわる話をどんどん載せていきたい。個人にかかわる大事な話。だからこそ、一人でも多くの関心を。
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by komei115 | 2012-05-26 22:54 | Movie
ネタばれ注意

072.gif072.gif072.gif☆☆  6/10

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2005年製作作品。日本では2011年公開(レンタル可)

小さい島国でありながら消費・廃棄大国の日本。だからこそ改めて食について知っておいてほしいことがある

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by komei115 | 2012-05-25 21:41 | Movie

 食事を済ませると、二人はビールを酌み交わしながらしばらく話をした。キッチンからは、幸恵が朝食の支度と洗い物をする音が聞こえてくる。幹斗はホッとした。雅也の笑顔と、幸恵の家事の音が自分の存在を認めてくれる唯一の救いだと思えた。
 「そういえば、新しい小説の『イントゥ・ザ・ブラックフォレスト』が10万部突破したんだって?難波駅の本屋の店頭にさ、お前の小説が積まれているの見て俺嬉しくなっちゃってさ。思わず置いてあるの全部j買っちゃったよ。店員が不思議そうな目で見てきておもしろかったな」
 「ほんとに?安くもないのにそんなわざわざ買ってくれなくていいよー。頼まれたらいつでも送れるんだからさ。そもそも雅兄に生原をあげて、すでに読んでくれたじゃない」
 「そうだけど、やっぱり俺も高津幹斗の一愛読者として本を買って部屋に飾っておきたいんだよ。自分用に2冊、残りは会社の部下に薦めて全部あげた。まー、薦めたというよりほとんど身内自慢だよな」
雅也は豪快に笑うと、グラスに残った酒を飲み干した。口の周りに付いた薄いホップの泡が白く光っている。
 「まあ、今回本が売れたのは前作の映画化のおかげが大きいけどね」
 「それでもすごいことだろう。内容もさ、今までの感じと一味違うって言うか・・・そう。話はぶっ飛んでるんだけど、何となく気持ちがわかるんだよ。文章もわかりやすいし、俺はこの作品好きだぞ」
 「そっか、ありがとう。俺にとってその感想が何よりも嬉しいよ」
 幹斗もグラスを空にして、続ける。
 「ところでさ、今日のことなんだけど」
 「ああ、わかってる。お前もいろいろと混乱しただろう。だけど、今日はもう遅いし明日ちゃんと話すからそれでいいか?」
 「えっと・・・、うん」
 「さてと。幸恵さーん!風呂沸いたなら悪いけど俺先に入っちゃってもいいかな?」
 「もちろん。準備できてますから。風邪引かないようにちゃんと温まってくださいね」
 幸恵が応える。幹斗は、雅也のそっけない返事に少し呆気にとられてしまった。そして、幸恵に礼を言ってそのまま風呂場へと向かう彼の後姿を見送った。
 確かに・・・今日はいろんなことがありすぎて疲れた。明日聞けばいいか
 幹斗は椅子に凭れたまま天井を見上げると、瞼を閉じた。真っ黒な世界の奥に微かな光が見える。紫にも似たぼんやりとした黒い光。光は常に形を変え、ゆらゆらと宙を漂っている。目で追おうとすると消え、漠然と見るとまた現れる。
 毎日物語を書いてる自分が、誰よりも非日常の世界に戸惑う羽目になるなんてな
 一体自分は今どこにいて、何をしているのか。ふと考えた時、何故だか笑いがこみ上げてきた。
 三人は寝る仕度を整えると、雅也は客間で、幸恵と幹斗は座敷でそれぞれ床に就いた。
 「おやすみなさい」
 真っ暗な部屋の中から、隣の布団に入ったばかりの幸恵が声を掛けてくる。幹斗は疲れていたが眠れそうになかった。雨は未だに耳の中で激しく打ち続けている。不安が募る。心臓の鼓動による振動が、地震と間違うほどに揺れてどうも落ち着かない。夏も近いというのに布団の中はとても冷たかった。
 「あのさ」
 「何?」
 「いや・・・、なんでもない。おやすみ」
 幹斗は幸恵に背を向けるような形で寝返りを打ち、そして自分の不甲斐なさを呪った。
 今日は眠らなくてもいい。それが俺の罰なのだから
 「あなた・・・今日は疲れたでしょう?」
 優しい声が雨に混じって聞こえてくる。卑しくも、幸恵から発せられる言葉をどこか期待していた自分がいた。
 「ああ、疲れたな。お前も今日はいろいろとごめんな」
 「いいのよ・・・。ねえ、こっちで一緒に寝る?」
 布団の端を上げる音が聞こえる。
 幹斗は自分の場所から這い出すと、幸恵の寝る布団の中に潜り込んだ。そして彼女の左側に体を密着させ、その大きくて柔らかい左の乳房の上に頭を乗せる。
 少し熱を帯びていた幸恵の体は、安心できる温かさがあった。
 同時に、雨の音が少しずつ遠のいていくのがわかった。幸恵のゆったりとした心臓の鼓動が心地よく耳を打つ。幹斗の心臓は、正確なメトロノームのリズムに合わせるかのように調子を取り戻していった。
 いつ以来だろうか。こうやって幸恵の柔らかな温もりに触れたのは
 考えていると幸恵が体勢を横にし、細い腕を幹斗の首筋に回して彼の頭を胸に抱きかかえる。
 「ちょっと暑苦しいかな?」
 「いや、大丈夫だよ」
 「そう。おやすみ」
 幹斗は身体の緊張を解き、幸恵に全てを委ねるようにして目を閉じた。時折優しく撫でられる後頭部が気持ちよく、潮が満ちるようにゆっくりと眠気を呼んで来た。
 いつの間にか、幹斗は深い眠りに就いていた。
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by komei115 | 2012-05-24 23:32
ネタばれ注意。

072.gif072.gif072.gif072.gif☆8/10

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2008年製作(日本で2011年公開。レンタル可)

アメリカの食産業の現状を警告する本作は度肝を抜かれること必須。刮目して見るべし

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by komei115 | 2012-05-23 22:45 | Movie
基地の問題とは何か。
おもな理由として挙げられるのは騒音、米軍航空機関連事故、米軍人・軍属・家族の犯罪である。

その中でも今回、中央林間駅で思い知らされた騒音。気になったので調べてみた。
騒音の定義は「うるさい音」とか「いやな音」とか漠然とした定義であり、同じ音源や音量でも人により快適に感じたり、不快に感じる場合がある。そのため、騒音は人間の心理的要素が含まれ、物質量的な数値で表現するには難しい。
騒音の単位としてdB(デシベル)が用いられるが、何がどのくらいの音なのかが分かりにくいため、騒音の解説書等には日頃よく耳にする音を例として騒音のレベルが表示されている。
それを見てみると、
夜の静かな住宅街が30
ファミリーレストランやデパートが60
交通機関車内や人混みが70
大型トラック、チェーンソー、パチンコ店が80
そして飛行機の離着陸がなんと110越えである。
どおりでうるさいを通り越して何も聞こえないわけだ。飛行場のある基地周辺の人々はこんな爆音を頻繁に聞いているのかとショックを受けた。

さて、ここで話を沖縄の基地問題にシフトする。
沖縄県のデータによると、
・騒音被害(嘉手納基地周辺の1日当たりの音数)・・・83回
・事故数(1972~2011)・・・522件(墜落43件、不時着376件など)
・犯罪数(1972~2011)・・・5654件(殺人等凶悪犯罪734件)
という結果になっている。

この数値を見て何を思うか。
1回聞くだけで嫌気がさす騒音を83回も聞いているという現実。駐留米軍によって多くの市民が犠牲になってきたという事実。
もちろん、その分沖縄は国有提供施設等所在市町村助成交付金によって潤うのだから良いではないかという意見もある。しかし、それでも日本復帰40年の節目を迎えた今なお「平和憲法の下に帰る」ことをスローガンに掲げ、多くの県民が基地の県外移設を唱たり、復帰運動に力を入れてきた事実を汲みすると、「復帰とは何だったのか」「日本にとっての沖縄とは」という疑問が生じてならない。
政治学者の姜尚中氏は沖縄だけに基地が集中している現状を「基地が東京や大都市圏にあっては困るということを正当化するために憲法を持ち出すと“公共の福祉”ということになって、地域のエゴは許さないということです。そこでは地方権力が作動しなくなっています」と批判する。
日本国全体の公共の福祉のために、嫌なことを沖縄県民に押しつけるという差別的構造が成り立っている。これは由々しき事態であると思う。
私たち本土の人間は、同じ日本という国の沖縄という県のことについてもっと目を向けていかなければならない。私たち日本人の安全保障の代償(軍事的側面)の多くが沖縄に被っていることを。


―追記―

基地問題から発展し、私企業と軍隊、そして政府が形成する連合体を指す軍産複合体についても思慮していく必要があろう。今年4月に防衛装備品を共同開発・生産するという日英共同声明を出した野田政権には危惧している。古典的な意味での軍産複合体というだけでなく、もう少し今の軍事技術をめぐって多面的に進んでいく部分があるし、産業化として戦争を捉えてグローバルに進んでいく可能性が強いからだ。
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by komei115 | 2012-05-22 20:27 | Miscellany