青い果実の実る頃には

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日日是思慮 その63

【時は金なり】とはいうが、時間とはいくら金を積んでも買えない金以上に大切で貴重なものだ。大人になればなるほど感じる「もう少し時間があれば・・・」「もっと時間を有効に使えれば・・・」という思い。一分、いや一秒でも無駄にはできない!・・・っとは言いながらも、なかなかに時間を浪費し続けてしまう私がいる▼当たり前だが、一日の時間は24時間だ(恒星日では23時間56分4.0905秒)。分で表すと1440分、秒で表すと86400秒となる。しかし、明日7月1日は3年半ぶりに8640“1”秒を刻む。「うるう秒」のためである。実際にはどうなるのかというと、午前8時59分59秒と午前9時0分0秒の間に「8時59分60秒」が挿入される▼なぜ、「うるう秒」なるものがあるのか。それは、極めて正確な原子時計で決まる標準時と、ほんのわずかずつ遅くなる地球の自転で決まる時刻との帳尻を合わせるためである。数年に一度、原子時計のほうに挿入される「一秒」が「うるう秒」となる▼一日は以前、地球の自転を基準に決められてきた。しかし、自転には不規則なふらつく動きがあり、このため一日あたり、およそ千分の一秒ずつ遅くなっている。原子時計の時刻と自転を基準とした天文的な時刻とのズレが生じることで、太陽が真南に来る時刻が微妙にずれてしまうことになる。そのために1972年からうるう秒によって補正が始まり、今回が25回目にあたる▼地球の公転は季節を生み、自転は時間を生んだ。では何故地球は自転を始めたか(公転は各自で調べてみて欲しい)。それは、地球という惑星が出来上がるまでに何度も小惑星同士がぶつかったり、擦れたりすることで衝撃が生まれて自転を始め、宇宙は摩擦がないためそのまま回り続けているからだと言われている。何とも丁度良いスピードをキープしながら約46億年も回り続けている所業はまさに奇跡といえよう。だからこそ、年々多少のズレも生じてくるわけだ▼しかしながら、実はうるう秒は世界規模で廃止論が高まってきている。不定期的に挿入されるため、コンピューターが誤作動する恐れがあるとされるからだ。この「一秒」は後何回も見られないかもしれない。たかが一秒、何ができるとも言えないが、この一秒の訪れを体感し、時間の重みや奇跡を再確認するのもまた味わい深いことかもしれない。
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by komei115 | 2012-06-30 01:46 | Column
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ついに準決勝まで終了した。
決勝に進むのは王者スペインと新生イタリア。
スペインはトップを欠いていてポルトガル戦でも本調子になれずPK戦で辛くも勝利を果たした。
一方、イタリアはカテナチオという本来の守備サッカーを捨てて、速いパス回しの攻撃サッカーを展開しているが、それが見事機能を果たしている。カッサーノとバロテッリのコンビは破壊力抜群だし、モントリーヴォのスパイスのきいたスルーパスは一気にチームを勝利に引き寄せている。そして、守備サッカーを捨てたといってももはや本能的と言える守備の高さはいまだ健在だ。特にGKのブッフォンのセーブ力は凄い。まさに鬼神だ。
ドイツ戦は見事だった。バロテッリがついに爆発。2ゴールを挙げる快挙。もともとオフサイドすれすれの飛び出しにおいては一目置いていたが、今回もモントリーヴォのロングスルーから飛び出してのゴールは興奮した。興奮のあまり服を脱いで、直後にイエローカードをもらうあたりもバロちゃんらしくて愛らしい(笑)。あれで21歳だからごつ過ぎる。
いや、イタリアいいチームだね。ちょっと負傷とカードでタレントが少ないけど。決勝戦、スペイン票が多いと思うが正直わからない。
グループリーグ初戦では1対1の引き分けだったが、面白くなりそうなのは確かだ。
イタリアにはフランスに次いで期待してるだけにフランスの分まで優勝してほしい。
王者スペインを崩す瞬間を観てみたいものだ。
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by komei115 | 2012-06-29 06:06 | Miscellany
われら、この地上にありて生きる限り、歓びより歓びへと導くは自然の恩恵なり 
                                            
                                          -ワーズワースー

新たなカテゴリーNatureを加え、自然についていろんな角度から考えてみます。
近いうちに以前の自然ネタもこちらのカテゴリーに移していく予定です。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


うさぎ追いし かの山
小ぶなつりし かの川
夢は今も めぐりて
わすれがたき ふるさと

唱歌「ふるさと」の一節だ。
あなたは「ふるさと」と聞くと何を思い浮かべるだろうか。
永遠に続く階段、坂道。古い公民館。祖父や祖母に手を引かれて歩いた商店街やアーケード。スケート場。夏の縁日の稲荷神社や友達と駄菓子を食べながらかくれんぼした山澄神社。木造だった頃の佐世保駅。釣りに出かけた池や海。友人とカブトムシを捕りに行った烏帽子岳。途中にあった滝で西瓜を冷やして水遊びしたこともあったっけ。
目を閉じて思い浮かべると「そういや今と違ってあんなのがあったな~」と懐かしくなってくる。
道路や建物は今より大分汚かったけど、街は活気があり、山の緑や海の青が映え、自然と共存できた古き良き港町だった。

さて、この「ふるさと」という歌だが、今の小学校学習指導要領で「共通教材」」とされている6年生の文部省唱歌に指定されている。
しかし、うさぎを山で追ったり、小ぶなを川で釣ったりという風景をイメージできない子どもたちは多い。今と昔で「ふるさと」のイメージにだいぶズレがあることは確かだ。
そんな中、「ふるさと」の歌詞の続きを作ろうという試みが首都大学東京の授業と母校私立麻布高校の授業で行われている。まず、「ふるさと」の歌詞から読み取れる日本の風景を挙げ、他の唱歌の詞を季節や道徳、日常などに分類する。さらに、森山直太郎の「さくら」など現代の歌が、今の日本をどう表現しているかを確認していく。それをもとに歌詞づくりに取り組む。
21世紀の日本のイメージを探るのが狙いだが、子どもたちが描くのは、ビルが林立し、ネットで繋がり合う情景ばかりだ。「ふるさと」は「春の小川」や「虫のこえ」などの季節を歌った唱歌と異なり、普遍的で牧歌的な故郷のイメージを描いている歌なだけに、歌の原風景は遥か彼方まで遠ざかっている。

麻布高校の生徒がつくった「ふるさと」の続きをいくつか紹介したい。

都会色に 染められ
身も心も モノクロ
人の波に のまれて
どこに行った ふるさと

メールします 今どこ
つぶやきます 家なう
各地に広がる ネットワーク
つながり合う ふるさと

混む電車で 出勤
夜遅くに 残業
ただひたすら 働いて
先の見えぬ ふるさと


お先真っ暗な「ふるさと」ばかりが並んでいる。
普遍的な自然の情景だった歌の面影がまるでない。
「ふるさと」をほとんど知らない現代の都会の子ども達が、今の社会を痛烈に皮肉るとは。
やはり、人間は本能的に自然のある「ふるさと」を求めているのだろうか。

これらの「ふるさと」を聞いてピンと来るものがある。
皮肉を含む替え歌で、私が一番印象に残っている歌だ。


コンクリート・ロード どこまでも 森を切り 谷を埋め 
West Tokyo Mt. Tama ふるさとは コンクリート・ロード♪

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ちょっと珍しい画像に驚く人もいるかと思うが、私の大好きなジブリ映画の一つ「耳をすませば」は、1995年7月15日公開された、近藤喜文監督の「最初で最後の監督作品」である。
物話は雫と聖司による恋の青春群像劇であるが、中学3年生の雫が書いたこの皮肉たっぷりな「コンクリート・ロード」は的を得過ぎていて笑えない。
本作の背景美術は東京都多摩市と同武蔵野市を中心として描かれており、実際の街並みなどは主に東京都を走る京王線沿線の聖蹟桜ヶ丘駅周辺をモチーフとしている。
冒頭、「TAKE ME HOME COUNTRY ROADS」が流れる時、バックの背景には多摩地方から都心を望む夜景が映る。実はこの夜景、「平成狸合戦ぽんぽこ」のエンドロール最後のシーンでもある。狸が住みかを奪われた多摩、その多摩ニュータウンに雫と聖司は住んでいるという繋がりもあって面白い。

「平成狸合戦ぽんぽこ」で多摩の森が奪われ、コンクリート・ロードになってしまった「耳をすませば」の1995年の西東京の「ふるさと」の風景が物語るものは大きい。
そこから15年以上が過ぎた今も、自然やそこに住む生物を無視したコンクリート社会が形成され続けている。このまま見過ごしていいのであろうか。人は無意識の中で都市に疲弊し、本能的に自然を求めている。
少し不便でも、少し汚くても、トトロの森に住むサツキとメイの生活を「ふるさと」だと感じ、憧れを抱く人は多い。
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「昔に戻れ」とは言わない。それは懐古主義であり、そこから発展は望めないからだ。
私は「昔を知れ」と言いたい。温故知新。常に新しさとは古きものから生み出される。
昔から自然と共存して生きてきた人間の生活を見つめ直し、自然と共存できる新たな街づくりをしていかなければならない。自然環境や人の心身に良い街づくりには整理が必要だ。良いものや必要なもの、伝統あるものは残し、不要なものや危険なものとはすっぱり手を切り、処分する。そのための科学技術こそが人間の英知の結晶であるといいたい。


話は変わり、先日の新聞で良い記事を見つけた。広島県福山市の鞆の浦架橋撤回という話だ。
万葉集にも詠まれる広島県福山市の鞆(とも)の浦は、瀬戸内海に面した景勝地だ。アニメ映画「崖の上のポニョ」の舞台とされ、宮崎駿監督が2カ月滞在して構想を練った場所でもある。

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鞆の浦地区は車の離合が困難なほど道路が狭く、高齢化や人口減も進んでいる。地域活性化を目指して県が架橋計画を発表したのは、約30年前に遡る話だ。この間、地元では賛否をめぐる対立が続き、結果的に下水道や防災など生活インフラ整備が遅れた。架橋建設を求める声は、福山市をはじめ住民の間には根強く残っていた。
その鞆の浦の埋め立て架橋事業をめぐり、反対派住民らが計画阻止のため起こした訴訟で、広島地裁が公共事業にストップをかける判断を下したのは2009年10月のこと。当時の判決は、鞆の浦の景観を歴史的、文化的に価値がある「国民の財産」と評価して住民の景観利益を認めた画期的な判決と言われた。それに対し、広島県は判決を不服として控訴していた。
あれから約2年8カ月、県が大きな決断を下した。湯崎英彦知事は、現行計画を撤回して景観への影響が小さい山側にトンネルを整備するという方針に変えた。知事は「埋め立て架橋では景観を元に戻すことが不可能になる。トンネルは生活の利便性と景観保全を両立でき、住民ニーズを最もバランス良く満たす」と説明。
一審判決が計画撤回のかじ取りになったことは言うまでもない。
公共工事はとかく、「一度決めたら止まらない」といわれる。それでも、県が当初方針にこだわらず、反対派と推進派双方の接点を探りながら、現実的な対応をした点は称賛に値する。中でも注目したいのは、県の控訴後に就任した湯崎知事が「住民ニーズを探りたい」として推進派と反対派の住民による協議会を10年5月に設置し、双方の意見を聞きながら判断に至ったという点だ。
協議会は今年1月までに計19回開かれ、県の架橋案のほか、地区中心部を迂回(うかい)する山側トンネルや海底トンネルなど計5案を示し、住民意見を集約。そして導き出されたのが、中心部の混雑解消を図る道路整備と、景観保全との両立を望む点では共通する、との結論だった。住民の願いをかなえるために選んだのが山側トンネル案であった。

景観論争では、どうしても開発か保全かの二項対立に陥りがちである。両方の声を生かす道を探ることこそが重要であると考えさせられる良い例だ。地元民の声を丁寧に拾い、その結果として進められる事業の責務を背負うのが、行政機関の本来の役割だろう。県が計画当初段階から景観を保ちながら利便性を高める努力をしていれば、話はここまでこじれなかったはずだ。
これは広島県だけの問題ではなく、日本国全土に言える問題だ。
05年の景観法施行後、九州各地でも街の風情や自然景観を守る動きが高まっている。
多様な選択肢を示したい。見直すべきものは見直し、色々な視点から議論を掘り下げていく。
今回の事例は、「ふるさと」を守りたいと願う他の自治体にとっても大いに参考になるはずである。
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by komei115 | 2012-06-28 23:01 | Nature&Science
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「世界に冠たるテレビ好き」な日本人。平日ですら平均3時間半もテレビを観るそうだが、その実態は「食べてばっかり」「笑いに品がない」という声が続出している。アンケートを見て予想とは異なる回答に驚いた。


・最近のテレビはつまらない・・・Yes75%、No25%
・つまらないジャンル(Yesのみ)・・・1位バラエティ、2位ドラマ、3位情報・ワイド
・つまらない地上波放送局(Yesのみ)・・・1位フジテレビ系列、2位日本テレビ系列、3位TBS系列
・1日のテレビ時間(Yesのみ)・・・平均2時間
・面白いジャンル(Noのみ)・・・1位ドキュメンタリー、2位ニュース、3位ドラマ
・面白い地上波放送局(Noのみ)・・・1位NHK、2位テレビ朝日系列、3位NHK BSプレミアム
(朝日新聞アンケートより)


答えた年代の層がどうなっているのか気になるところだが、それにしても視聴者とテレビ局との間に大きな意識のズレがあることは否めない。
なぜ、最近のテレビは面白くないのだろうか。好き嫌いを通り越し、ほとんどテレビはNHKしか見なくなった私にとってこの視聴者の意識の変遷は大変興味深い。
批判の集中砲火を受けたのは、バラエティだ。「けばけばしいスタジオ装飾ととめどないテロップ」「お手軽で軽薄な暴露話と予定調和型進行」「頭の悪さや品のなさを売りにする」といった声が目立っている。グルメも同じ。食べて味わう前に「ウマ~い!」と叫ぶ姿には閉口し、ニュースでも「激ウマ」と連呼される状況に苦言を呈したくなる視聴者は多い。

お笑い、ドラマ、情報系番組。現在主流のコンテンツほど不満が多くなる結果は「視聴者のテレビ離れ」にも繋がる。現に地デジの乗り換え時期に思い切って卒業した人も多くいる。
この状況をどう見るか。テレ東元常務の石光勝氏は「番組がつまらないから視聴率が下がり、その結果広告収入が減る。すると番組の制作費が削られるので、お手軽でつまらない番組が再生産される」という負のスパイラルを指摘している。
なるほど、その通りだ。経済の落ち込みで国内の広告費も削られ続けている現状がある。インターネットに押され、放送界の取り分は今後とも増えそうにない。
お手軽で陳腐な番組をダラダラ放送するよりも、無駄を省いて番組を整理する。そして広告費の分配を増やして経営を安定させ、余裕を持った番組作りが創造的作品を生み出すきっかけにも繋がろう。

しかしながら、ちゃんと目を凝らせば面白い番組もある。つまらない番組に埋もれてしまっているのだ。NHKのドキュメンタリーの質の良さは目を見張るものがあるし、他局でもアニメやドラマで「これは」と唸らせる作品もある。多チャンネル化による好みに合わせた視聴生活は息が抜けて牧歌的だ。この自由さは大事にしたい。
私たち視聴者側も問われる。テレビは見るも見ないも受け手の自由だ。ダラダラと観るのではなく、しっかりと自身が選択するという「選択権の自覚」を持って観ることが大事ではないだろうか。
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by komei115 | 2012-06-27 21:18 | Miscellany
チベット少年が生き抜く映画「オロ」が今月30日から渋谷ユーロスペースで公開される。全国でも順次公開される予定だ。

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映画の内容もそうだが、その異色の製作過程に興味をもった。
なんと吉祥寺の老舗カレー屋の店主が映画制作に関わったという。店主はずぶの素人ながら、企画からキャスト選び、海外ロケにも同伴するという熱の入れよう。岩佐寿弥監督に頼んで、チベットからインド北部の難民施設に亡命した幼い少年の日常を追ったドキュメンタリーを完成させた。
「受難が続く現実の中でも生きる道を捜し求める主人公の姿から希望を感じて欲しい」と願いを込めて企画したそうだが、なぜ彼はチベットの少年を撮ろうと思ったのか。それを映画を見ることで考え、感じ取るのも面白そうだ。
しかしながら、こういった話を聞くと映画の魅力って、映画の力ってなんだろうと考えさせられる。映画は、時には観る者の人生を左右するほどの素晴らしい作品も数多くある。
「オレンジと太陽」のジム・ローチ監督は「観て感じ取り、そこから突き動かされる衝動が映画の魅力であり、そういった観客にバトンを繋ぐような映画作りを大切にしていきたい」みたいなことを話していたが、本当にそこなんだなと共感できる。“橋渡し”の映画。なんとも心地よい響きだ。そういった映画を作るためには、作り手側として何を伝えたいかというテーマもそうだが、それを伝えたいという情熱もそれ以上に大切な要素なのだろう。究極の話、技術云々ではなく、自分が「こういったものを撮りたい、観たい」という情熱さえあれば後はどうにでもできるのかなと思う。
「カレー屋でも映画が作れる」。これは社会に表現したい者たちへの一種の光となろう。
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by komei115 | 2012-06-26 22:10 | Movie
昨日の分を載せられなかったので遅ればせながら今日(6/26)載せちゃいました。

ネタばれ注意!
本作を予め観ていることをお勧めする

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by komei115 | 2012-06-25 21:14 | Movie

日日是思慮 その62

「田植え」という言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべるか。私としてはその言葉通り水田に稲の苗を植えつける作業のことを指す言葉でしかないと思っていたし、多くの方もきっと私と同じ答え方をするのではないだろうか(そうであってほしい)▼しかし、今の若者はそうではないようだ。「田植え」とは「つけまつげを部分的につける」ことを意味する。部分的な「つけま」をつけることが田植えのように見えるそうで、「今日の田植えうまくいった」「田植えに時間かかってさ~」などと使っているらしい▼他にも「与謝野る」(ヘアスタイルが乱れている様子。与謝野晶子の「みだれ髪」から)、「おこ」(怒っていると軽い感じで言うこと)、「出オチ」(お笑い用語。最初がピークで後は痛々しい雰囲気になること)、「ソロ充」(一人で楽しむことができる人)などといった言葉が飛び交う。意味がわかっていないと、もうちんぷんかんぷんである▼若者言葉は常に流動する。そこには、いつの時代も大人に対する反抗や仲間内だけの共通言語としての意識が内在していよう。私が学生の頃は「KY」や「シュール」などの言葉が流行り、一昔前は「チョベリバ」や「チョーMM」など、その前になると「ナウい」「ヤング」になるのだろうか。いずれにせよ、その時代を象徴するような数多くの若者言葉が生まれては死語になっていった▼さて、最近の若者言葉を受けて、大学のゼミで若者言葉を一冊の本にまとめる作業をしているところもある。「親の世代にも若者言葉を知って欲しい」ということで、言葉を選定、分類して学生たちが解説を付けて発行、学内などに配るとのことだ。若者言葉から社会の風潮を掴んだりするのも面白いかもしれない▼しかし、言葉は文化の根底である。最近の流行語ばかりに目を奪われて多用すると、目上の人から「巧言令色、鮮し仁」という印象を与えることにもなりかねない。若者言葉もいいが、古き良き、美しく、清らかな言葉たちも少なからず知っておきたい。「那由多(なゆた)」、「玉響(たまゆら)」、「紐帯(ちゅうたい)」、「不知火(しらぬい)」や外来語の「麦酒(ビール)」、「珈琲(コーヒー)」など(以前「日本語の作法」 外山滋比古著 で述べたが)は今も死語にならずに輝きを放っている。
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by komei115 | 2012-06-24 22:37 | Column
38度線。誰しも一度は社会科の授業で耳にしたことがある言葉だろう。朝鮮半島を北と南の二つに分断する線。本来国境なんてなかったはずなのに第二次世界大戦、朝鮮戦争と経て北はロシア南はアメリカが占領した(日本も一枚噛んでいるが)。
分断された北と南は今も多くの問題を孕み軋轢を生んでいる。同じ民族同士が憎しみ合うというこの悪循環はどうにか改善してほしい(以前金大中の太陽政策というのがあったっけ)。映画「パッチギ」で、もし日本が南北(東西)で分断したらという話が出ていたが、もしそうだったらどうなっていたのだろうか。同じように南北で憎しみ合っていたのだろうか。そうすると東京で暮らしている今の自分は存在しなかっただろうし、多くの東に住んでいる友人とも出会わなかっただろう。偏った思想を持ち、国境の外の国を批判していたかもしれない。運命とは皮肉なものだ。

さて、グダグダと述べてきたが、まず確認しておきたい南北朝鮮の背景がある。映画のタイトルにある「ムサン」とは何だろうか。北朝鮮と中国の国境の街で、漢字では「茂山」と書く。脱北者の多くがまずはムサンを目指し、川幅が狭く冬には凍結する豆満江という川を渡って中国に入り、そして中国から韓国へと入っていくのだ。そのためムサンには、脱北者を取り締まる国境警備隊が配置され、実弾を常時携帯している兵士が警備にあたっている。取り締まりは非常に厳しく、「怪しい人間が通ると捕まえてパンツの中まで調べる」と言われるほどである。
韓国に暮らす脱北者は年々増加の一途をたどる。何故か。彼らは北じゃ生活できないほど飢えているからだ。かつては政治亡命としての脱北者がほとんどだったが、1995年頃から始まる北朝鮮の大飢饉あたりから、深刻な食糧難や生活苦のために脱北する人が増加し、2007年に1万人を超え、2011年11月の時点で23,100人にも達した。脱北者の人権を訴えて、政治家を目指し選挙に出馬する者もあらわれているが、その多くは厳しい生活を余儀なくされているという現実がある。
脱北者が韓国にやってくると、まず京畿道にある中央合同尋問センターに収容され、長期間にわたって尋問を受ける。家族について、脱北の理由、脱出ルートなど、生い立ちから脱北にいたるまでの過程をすべて話さなくてはならない。それが終わると、同じく京畿道の「ハナ院」という施設で最低3か月間は韓国での生活に適応するための訓練を受ける。訓練中に社会見学にも出かけ、韓国社会に溶け込むための実地訓練も行う。また就職のための職業訓練もある。ハナ院での訓練終了後、いよいよ社会に出るが、2年間は、「身辺安全」と称して地元警察によって保護される。「ムサン日記」に登場しているパク刑事のように、保安局の刑事が生活指導、職業の斡旋にいたるまで生活の面倒をみてくれるのだが、中には「監視されている」と不満を持つ脱北者も多い。
いざ、韓国で生活できるようになっても、その差別は歴然としている。彼らが北の人間といわなくても韓国側は彼らが北の人間であることがすぐ分かるようになっている。「住民登録番号」という制度があるからだ。これは、韓国籍をもつ者に対して出生時に与えられる13桁の識別番号で、国民の日常生活に不可欠だ。さまざまな手続きの本人確認手段として使われている。脱北者の住民登録番号は、男性は 125 から、女性は 225 から始まる番号で統一され、番号だけで脱北者であることがわかってしまうため、バレてしまうとスンチョルのように就職差別などを受けることが多い。

意外に長くなったので映画の感想はまた次回に。
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by komei115 | 2012-06-23 23:41 | Movie
ネタばれ注意!

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2010年製作(5/12よりシアター・イメージフォーラムはじめ全国順次ロードショー中)
詳しくはhttp://musan-nikki.com/

孤独は絶望を。絶望は渇きを。渇きは死を連想させる。再生に向けてスンチョルは髪を切る。しかし、道徳性を失った再生に待ち受けるラスト3分の代償はあまりに大きい。

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by komei115 | 2012-06-22 22:14 | Movie
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ついに決勝トーナメントに出場する国が決まった。
Aグループからはチェコとギリシャ。
Bグループからはドイツとポルトガル。
Cグループからはスペインとイタリア。
Dグループからはイングランドとフランス。
はじめは波乱が起きるかとも思ったが、結局こうして見てみると期待通りの展開になった感じだ。
意外だったのは死のグループともいわれるBグループ。なんといってもオランダの全敗。超攻撃的布陣も機能することなく終わってしまった。初戦が大事だということか。逆に不調のポルトガルは逆境を撥ね退けて2勝1敗。尻上がりに良くなってきたのと、クリスチアーノがオランダ戦でようやく点を決めて息を吹き返したことが大きかった。
ドイツは相変わらず安定している。この強さ、決勝まで見届けたいものである。
続いてCグループ。スペインはイニエスタをはじめ、セスク、シャビ、シルバと好調だが、ビジャ、プジョルの欠場はやはり大きい。勢いがいつもより感じられない。1トップのトーレスは点は決めたものの、好調とは言えない。今回も優勝できるのか。イタリアはどうだろうか。ピルロ、デ・ロッシあたり中盤は観ていて安心するが、問題はフォワードだろう。カッサーノがどう調子を上げるか、そして何より問題児のバロテッリがどう爆発するか。これに掛かっている。
最後にグループD。イングランドはルーニーが3試合目でようやく出てきて、いきなりゴールを決めた。彼の存在感はイングランドを一回り大きく機能させてくるだろう。そしてジェラードの動きもキレている。2戦目のウェルベックのシュートは華麗すぎた。あの反応力は凄まじい。一方フランス。ポゼッションは高く、リベリ、キャバイエ、ナスリ、ディアッラ中盤はいいが、まだ爆発力が足りない。ベンゼマ、しっかりしてくれ。後、やっぱりフランスには“将軍”の存在が不可欠だ。それをだれが担うのか。最終戦でスウェーデンに完敗するし、少し不安が残る。逆にスウェーデンはイングランドに代わってトーナメント行って欲しかった。今大会最高のゴールであろうイブラヒモビッチのジャンピングボレーには鳥肌が立ったのに。もう、スウェーデンの試合が見られないとは。

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さあ、トーナメントはどうなるか。
ほとんどの人が予想する展開としてはポルトガル、スペイン、ドイツ、イングランドだと思うが、自分としてはフランス、イタリアに勝ち上がってほしい。
ああ、試合が待ち遠しい。
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by komei115 | 2012-06-21 21:00 | Miscellany