青い果実の実る頃には

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小説に魅せられて ~ 葡萄の生る季節には 十一

 
 「おーい!」
 まだあどけなさは残っているものの、力強さと逞しさを感じさせる声が、蝉のけたたましい鳴き声に負けじと大和天目山の山林に響き渡る。声の主は小学6年生の綿貫雅也であった。短く刈りあがった坊主頭は、木々の青々と茂る新緑の葉の間から差し込む光に当たるたびに、汗の滴できらきらと光っている。
 「おーい、幹斗。こっちだ、早く来いよ!」
 先導して黙々と進み、しかし時折振り返っては他人を気遣う優しさを見せるその姿は兄貴分としての風格が既に漂っていた。
 「雅也、もうあいつのことは放っておけよ。勝手についてくるから。あいつ、本当トロいくせにどこに行くにもついて来やがるんだ」
 一方、同学年の高津実秋は不満そうに言うと雅也のすぐ後ろでため息をつく。着ていた緑色のTシャツは首元と脇の部分が、汗で深緑色に染まっていた。風がそよいで木漏れ日が顔を照らすたびに、顔をしかめている。
 実秋は、ポケットから懐中時計を取り出すと、時間を確認した。見ると、既に正午を回っている。予定到着時刻よりも30分以上の遅れ。荒々しく時計をしまい込み、道端の腐った去年の落葉を蹴散らしなが進む。どうやらしかめ面の原因は時折射し込む日差しではなく、そこにあるらしい。
 「待ってよー、雅兄、秋兄!」
 小学校3年生の幹斗は小さな歩幅で、けれども懸命についてこようと息を切らせながら林道を歩く。地を踏む度に、体に合わない大きなリュックが上下に揺れ、被っている帽子のつばが少しずつ垂れ下がってくる。
 「あの帽子とリュックサック、お前のお下がりだろ。幹斗にはまだちょっと大き過ぎやしないか?」
 「いいんだよ、あいつが持っていくって言ったんだし。自業自得。勝手にさせとけよ」
 実秋は憮然とした表情で、幹斗を笑顔で見つめている雅也に言うと、そのまま幹斗に向かって怒鳴る。
 「おい!雅也はお前の兄貴じゃねえよ。馴れ馴れしく呼ぶな」
 「まあまあ。実秋、いいじゃないか。俺は一人っ子だし、お前ら兄弟と遊んでる時が一番楽しいんだ。幹斗からお兄ちゃんって呼ばれるのもなんだか嬉しいしな」
 「そうか?じゃあ、あいつお前にやるよ」
 「おい、何言ってんだよ」
 「冗談だよ。それより早く行こうぜ」
 二人はまた歩き始めた。遠くの方で水の流れる音が聞こえる。
 甲州市日川の大和町田野地区から天目地区にかけてを竜門峡と呼ぶ。ここ竜門峡に実秋と幹斗が来るのは初めてである。雅也の方は小さい頃から父親の趣味の川釣りによくついて行ったため、ここ竜門峡にも釣りをしによく足を運んでいた。
 夏休みが始まって10日目。今日は雅也の提案で3人で渓流釣りをしにやってきたのだ。
 「おっ、見えてきた」
 雅也が指をさした先、林の間から川が姿を現した。近付くにつれごうごうと流れる音が大きくなってくる。
 「おお、凄え。早速釣ろうぜ」
 実秋が意気込んで言うと雅也が笑って応える。
 「魚は逃げないよ。先ずは昼飯が先な。そして、その時にご飯粒をいくつかとっておくんだ。それも餌にして釣りをするから」
 「そっか。じゃあそこの岩場で食べようぜ」
 実秋はゴロゴロと横たわる大きな岩のひとつを指さして言う。
 「そうだな。この先はちょっとした崖になっているから用心して降りろよ」
 「わかった」
 実秋は先頭を切って歩きだし、雅也は振り返って幹斗を呼ぶ。
 「幹斗! もうそろそろで着くぞ。昼飯食べるから早くおいで」
 「 うん!」
 幹斗は疲れていたが、実秋に小言を言われないように、そして大好きな雅也に嫌われないように力を振り絞って歩いた。
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by komei115 | 2012-01-10 23:00