青い果実の実る頃には

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小説に魅せられて ~ 葡萄の生る季節には 十五


 「あのさ、雅君。見てもらいたいものがあるんだけど」
 幹斗は歩きながらランドセルを自分の前に持って来ると、一冊のノートを取り出した。
 「何、このノートは?宿題か?」
 「いや、実は僕、物語を書いていて・・・ね」
 「えっ!物語って・・・小説のことか?すごいじゃん。どれどれ、見せてみろよ」
 丁度国宝大善寺の前に差し掛かっていたので、二人で中に入ることにした。この大善寺と大善寺庭園は子どもたちの遊び場の一つとなっていた。境内では桜の花、桃の花の薄紅の色から移り変わって淡紫色や白色の藤の花が垂れるように咲き、そよ風に揺れている。満開に咲き誇るさまを見ると、そろそろ藤切会式の季節が近いことを知らせてくれる。
 藤の花を見ていると、幹斗にはまるでそれが葡萄のようにみえた。清太郎の畑にたわわに実った葡萄を思い出す。瑞々しく、紫色に染まった真珠のように輝くデラウェアの果実。口に放り込み、皮から実を出した瞬間口の中に葡萄の甘い汁が広がる。それは優しい甘さ。好きな果物はと聞かれると、間違いなく葡萄、それもデラウェアを挙げる。高津家の葡萄といえばデラウェアであり、我が家の夏の味だ。去年の夏は雅也も一緒にいたので、なおさらおいしく感じられた。今年の夏が待ち遠しくなった。
 雅也は山門前の石段の端に座ると、早速ノートを開いた。表紙には太マジックで「ファンタジーその7 少年ギドと片足のピピ」と書かれている。
 雅也は黙々と読み進めている間、幹斗は山門にある仁王像を見上げていた。いつ見てもぎょろりと見開かれた目。大きい鼻。への字口。しかし、見るたびに表情が違っていると幹斗は思う。今日はなんとなく穏やかな表情。仁王像を見つめるていると、心の何もかもを見透かされているような気がする。いつの間にか自分の口が開いていることに気付き、閉じる。口の中は渇いていた。
 仁王を次の物語の悪者に用いたら彼は怒るだろうか。
 そんなことを考えていると、幹斗を呼ぶ雅也の声が聞こえた。
 雅也のもとに駆け寄ると、彼は興奮したような顔で幹斗を見つめながら、
 「この話いつから書いているんだ?」
 「一か月前くらいからかな。雅君に見せたくて・・・昨日仕上げたんだ」
 「物語を書くようになったのは?」
 「えっと・・・小学校に入ってからすぐに書き始めたよ」
 「そうか。そっかー・・・」
 「どう・・・だった?」
 「すごいよ、こんな物語が書けるなんて!幹斗は小説の才能あるよ」
 「ほんとう!?」
 「ああ、本当だよ。面白かったなー。ピピが実は伝説の一本足の火の鳥だったなんてさ。後さ、俺の知らない幹斗が少し見えた気がして嬉しかったよ」
 雅也はちゃんと物語の全てに目を通してくれていた。そして感想まで言ってくれるなんて思ってもみなかった。今まで、自分の物語に向き合ってくれる人などいなかった。見せるのは恐かったけど、雅也に見せて良かった。初めての経験に嬉しさがこみ上げ、涙が溢れてくる。幹斗は必死に堪えながら、
 「ありがとう」
 「ありがとうはこっちのセリフだ。ところでさ、このノートには7って書いてあるけど、他にもあるんだろ?」
 「うん」
 「他にどんなの書いたか全部見せてくれよ。もっとお前の小説が読みたいんだ」
 そう言って雅也は立ち上がると、笑ってくしゃくしゃと幹斗の頭を撫でた。
 幹斗が震え、涙を流していることについては雅也は一切触れなかった。
 それから、二人で物語の話をしながら家路を歩いた。
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by komei115 | 2012-02-12 23:28