青い果実の実る頃には

komei115.exblog.jp

項目に分けて日々思ったこと、書きたいことを自由に書いてます。意見、批判するコメントは大歓迎です。個人的な問い合わせはこちらまで。koumeipart115@yahoo.co.jp

ブログトップ

日日是思慮 その37

majority と minority を区別する日本語の言い回しは多い。「多勢に無勢」、「長いものには巻かれろ」、「弱肉強食」、「大は小を兼ねる」、「巧遅拙速」等々。日本ではいつの時代も「多」、「大」、「強」、「長」、「速」といった言葉は良いものとされてきた。しかし、それらは本当に良いことなのだろうか▼ majority の組織・団体の不祥事や問題は昔から後を絶たない。最近では、東電の原発事故から見えてきた様々な問題をはじめ、AIJ投資顧問による年金消失問題やオリンパスの粉飾決算、大王製紙前会長の特別背任罪、読売巨人の契約金問題など、あきれてしまうニュースが続いている。とても不透明で、不審な感情を拭いきれない▼ majority を優遇する社会は、人に「majority 側にいることこそ安全で安心。正しい思想である」という錯覚を起こさせる。そして、 majority が膨れ上がり、次第に自身の価値判断ができなくなってしまう。そうなると集団の中で、自分達を守るために「安全神話」なるものを作り、強い者への右に倣えでミスを隠し、傷のなめ合いをし始める者が出てくる。小さなミスや問題が影の中で大きくなってくる。結果どこかで襤褸が出て収拾のつかない事態となる。そういった集団は蓋を開ければただの烏合の衆と変わりがない▼だからといって逆の minority の方が正しいという訳ではない。しかし、政府や役人は弱者、少数に対しあまりにも無頓着である。ベンサムが提唱した最大幸福の実現を目指す功利主義という篩にかけ、落とされた者は自己責任だと手を差し伸べない。少数で声を荒げても、異端者と見なされ相手にされないことが多く、少数の思想を持ってしまった者への社会の対応は尽く冷たい。学校教員の「君が代」訴訟、労働・雇用問題の訴訟などは弱者側が明らかに不利だ▼思うに、多少、大小、強弱、長短、速遅のそれぞれに真実はあるが、そこには善も悪もない。善か悪かを決めるのは自身の五感である。特に「目」の役割は大きい。ミクロの視点とマクロの視点を持っていろんな角度から物事を見定める必要がある。決して社会の価値判断に左右された烏合の衆であってはならない。マスコミ、メディアなど情報に携わる者はまずこの姿勢を徹底させるべきであり、私たちは彼らが発信する様々な真実から取捨選択し、自分の中の真実を見出していくことが求められる。
[PR]
by komei115 | 2012-03-23 22:55 | Column