青い果実の実る頃には

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小説に魅せられて ~ 葡萄の生る季節には 二七

その一言に背中を押された。身体の奥から奮い立った気がした。
覚悟を決めるんだ。俺には最高の後ろ盾がついていてくれてるんじゃないか
もう遠慮の気持ちはなかった。
「ありがとう、雅兄。俺・・・大学行きたい!大学行って小説のこともっと頑張ってみたい。自分の可能性に賭けてみたいんだ。迷惑かけるし、もしかしたら別の方向になっちゃうかもしれないけど、応援していて欲しい。お願いします」
「おお、よく言った。でも、やってもいないのに別の方向性なんかだして弱気になるなよ。今はひたすら思ってることに挑戦してみろ」
「そうだね、ごめん」
「期待してるからな。頑張れ」
「うん。なんだかやる気になってきたよ。・・・俺、大阪の大学受けてみようかな。できれば雅兄の近くにいたいしさ、雅兄も何かと手間省けるでしょ?」
「そうだなー・・・」
雅也はしばらく考えを巡らせ、コーヒーのおかわりを注文した。
突然、「カキンッ」と白球を打つ鋭い快音がテレビから響き、続いて観客の歓声の沸く音が流れる。店内にいる客とマスターがテレビに注目し、球の行く末を見守った。
打球はセンターへとぐんぐん伸び、快晴の青空のもとに聳えるスコアボードを叩いた。意外な結末に、解説の実況は熱を入れて叫んでいる。7番打者による逆転サヨナラ2ランだった。
「野球ってさ、最後の最後まで結果がわからないから楽しいよな。Jリーグが始まって二年くらい経ってサッカーブームが沸いているけど、俺は野球の方が好きだな。特に高校野球」
「うん、俺も好きだよ。小学生の時、一緒にタッチ見てたよね。キャッチボールなんかもよくしていたし。三人でさ」
「ああ。懐かしいな・・・」
雅也はあの頃を思い出すように遠くを見ていた。
兄弟って難しい。どうしても家族や他人からの期待と愛情を奪い合ってしまう。秋兄がいなくなって悲しかったけど、正直ホッとした部分もあった。 出来の悪い兄が、出来が良かった死んだ弟に代わって甲子園を目指してマウンドに立つ物語か。俺にはそんな大それたこと出来ない・・・
「あのさー、さっき言ってたこと。考えたんだけど、お前は東京に行けよ」
「えっ、なんで?」
「刺激を求めて、一番環境が良く、それでいて勝負し甲斐があるのはやっぱり東京が一番だと思う。バブルがはじけたの不景気だのと言ったって日本の中心には変わりないんだし。後・・・まあ・・・そうだな。お前は一旦一人になってじっくりいろんな事を考える必要もあるんじゃないかな。俺の近くにいるとどこかで甘えちゃうだろ?自立というか、離れてみて初めて見えてくるものがあると思うんだよ、きっと。だから東京。東京で頑張ってみろよ」
大阪行きを賛成してくれなかったのは寂しかったが、自分のことを誰よりも考えてくれている雅也の言葉が嬉しく、東京に行くことを決めた。
高校最後の夏が終わり、勝沼に戻ってからは、大学受験に向けてただひたすらに勉強に打ち込んだ。秋が去り、冬を迎え、北風吹き荒れる中、親に内緒で東京の文学部で有名な私大を2、3受け、第一希望のH大の合格を果たすことができた。
国立の共通一次の試験日が近づくと、父から「勉強は進んでいるか?」「ちゃんと勉強するんだぞ」などと小言を言われることが増えたが、適当に返事をし、試験は受けなかった。
早めに手続きを済ませ、雅也が保証人の下で三ノ輪近辺に部屋を借りた。
雅也はその年に起こった阪神淡路大震災に被災し、慌てた日々を過ごしていたにも関わらず、東京まで出てきて家具や電化製品の買い物を手伝ってくれた。
全てのことが順調に行っているように見えた。トウキョーは、寒空を跳ね返すような人の活気と、輝くネオンの熱に満ちている。空気は濁り、霞んでいても、そこに溢れ出す潤いを感じた。
この場所は俺に可能性を、未来を与えてくれる。大丈夫、きっと上手くやれる
三月に入った。目覚ましい春の足音はまだ聞こえないが、風が少し春味を帯びた気がする。
新たなスタートに向け、風薫る時間とともにようやく走り出せそうな気がした。
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by komei115 | 2012-03-29 02:31