青い果実の実る頃には

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日日是思慮 その43

誰でも一度は見たことがある「ドッキリ」。バラエティ番組の表現手法のひとつで、番組進行を知らない、または虚偽の進行だけ知らされている出演者をだましたりイタズラを仕掛けたりして、出演者の反応を楽しむというものだ。日本では1969年の日本テレビでの放送が始まりだといわれ、40年以上も続く歴史がある▼それだけ、多くの茶の間を沸かしてきたのだろう。非日常の世界に夢うつつの表情の人々や驚き慌てふためく人々、ドッキリだとわかって落胆する人々やほっとする人々。そのどれもが素の表情であり、その人の人格が露呈するだけに見ているこっちは面白い▼某長寿番組の企画で、女性を使って男性を誘惑し、何週間もかけて関係を親密にしたうえで、彼女との修羅場を作ったり、部屋に誘いこんで本物の彼女が待ち受けるというドッキリがある。初めは一般男性だったが、放送倫理のためかいつの間にか芸人に対してのドッキリへと変わった▼先日、何年か振りに見たが、どこか違うなと感じた。調子に乗っている者を懲らしめようとする雰囲気が番組に漂っていて、現にそういった芸人が選ばれるようだ。いくら対象の人物の行為が批判されるものであっても、それと全く結びつかない別の形で人の株を落とし、蔑む方法は良くない▼「天誅」「忠臣蔵」など日本人は昔からこう言った逆襲する言葉が好きなようで、「出る杭は打つ」社会構造は今でも変わらない。自分のことを差し置いて、足並み揃えない奴は悪だと懲らしめ、非難するのはどうも良心的でない▼芸能界などは特にそうだろう。少しでも目立つことをすると週刊誌に叩かれる。スキャンダルによって結果的に社会的不正に繋がるのであれば構わないが、根も葉もない噂だけで大きな見出しをつけて不正確な情報を垂れ流すのは当事者のリスクを全く無視した無責任な行為だ▼売れるため、視聴率を取るためだけに目を奪われると「人の不幸を食い物にしてる連中」と変わりがない。たとえ、ドッキリ一つであっても、結果的に悪いイメージを持たせるドッキリよりも、感動させられたり、あっと思わされるようなドッキリの方が私は好きだ。
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by komei115 | 2012-04-18 23:11 | Column