青い果実の実る頃には

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小説に魅せられて ~ 葡萄の生る季節には 三三

 三人が病室に着いた時、昌子が医師から説明を受けており、その横のベッドでは看護師が清太郎の上半身を起こしていた。
 包帯とネットで巻かれた頭。焦点の合っていない、朦朧とした目の瞳には力強さはない。重力に負けて爛れたように下がった顔の筋肉。だらしなく垂れ下がった口の右端からは時折涎がこぼれ、糸を引いている。医師の呼び掛ける声にはあまり反応を示せていないようだった。
 この人は一体誰なんだ
 もはや、幹斗の知っている父の姿ではなかった。最後に見た姿とは想像もつかないくらい別人に変わり果て、目の前にいる屍ともいえる小さな老人がかつて自分を張り倒した父親と同等の人間であることが幹斗には信じられなかった。
 「幸い、今のところ命に別状はありませんが、脳梗塞による失語症と右半身の麻痺が見受けられます。後頭部海馬の方も少しダメージを受けていたので、もしかしたら記憶の一部も錯綜している可能性があるかと思われます。最善は尽くしますが、どのようになられるかはご本人様次第ですね。しばらく様子を見て、それから今後のことについて話していきましょう」
 医師は幹斗たちにも一通り手術内容と術後の状態を説明した後、看護士とともに部屋を出て行った。一気に病室が静まり返る。清太郎のうなるような息遣いが部屋にこだましている。
 「おばさん、大変だったね」
 後ろにいた雅也が声をかけ、近寄る。すると、昌子は彼の腕をとり、堰を切ったように涙を流し出した。
 「雅也君。お父さん、もう良くかならないのかしら」
 「おばさん、きっと大丈夫だよ。俺、脳梗塞の人で回復した人知ってるよ。おじさんも、しばらく休めば絶対善くなるって。だから泣いちゃだめだよ」
 「そうですよ、お義母さん。お義父さんすぐに元気になりますよ」
 幸恵も昌子のそばに寄り添い、背中を優しくさすった。
 「ごめんなさいね、幸恵さん。せっかく幹斗を連れて来てくれたのに」
 「大丈夫ですよ。幹斗さんが来たんですから」
 「そうさ、幹斗が来たんだ。だからおじさんは必ず治るよ。幹斗のことだって、おばさんのことだってすぐに思い出すさ」
 幹斗は、清太郎の顔をずっと見つめていた。生きているのか、生かされているのかすら解らないその顔を、ただ見つめていた。
 あんたさ、何でこんなになってでも生きてるんだ?大嫌いな息子に醜態見られてまでさ。きっと今こうしてまだ生きてることが間違いなんだよ。大好きな畑の上で死ねばよかったんだよ、あんたは。いっそのことさ、俺のために・・・死んでくれよ。
 昌子はしばらく病室に泊まると言った。幸恵が家から荷物をとってくると言い、雅也は今日大阪に帰ること、また何かあったらいつでも飛んでくることを告げ、三人で病室を出た。
 家路の途中、幹斗は田嶋に連絡を入れようかと思ったが、何も事情を知らない田嶋に何から説明すればいいのか考えあぐねていた。そして、幸恵の様子からして、まだしばらく東京に戻るつもりがないことを悟り、一体何日居なければならないのか、仕事はどうしようか、自分一人でも帰るか、本当にそれで良いのかという疑問が頭の中でぐるぐると回っていた。
 そんなとき、急に雅也が声を掛けてきた。
 「おい、幹斗。俺帰るまでにまだ少し時間あるからさ、久しぶりに墓参りに行かないか。幸恵さん、幹斗ちょっと借りてもいいかな?」
 
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by komei115 | 2012-07-19 23:59