青い果実の実る頃には

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小説に魅せられて ~ 葡萄の生る季節には 三四


 幹斗が前を向くと、バックミラー越しに運転中の雅也と眼が合った。雅也の眼が笑いかける。
 雅也の突然の誘いに幹斗はたじろいだが、その隣で幸恵がすぐに「いいですよ。ぜひ二人で行ってらっしゃいな」と笑顔で承諾するので、彼もそれに続いて返事をした。
 話が決まると、三人は近所の花屋に寄って花を買い、自宅で幸恵が車から降りた。すると、思い出したように
 「雅也さん、少しだけ待ってもらえます。あなた、一緒に来て」
 と言って、家の中に入っていった。
 幹斗も降りて、玄関へ向かう。昨日と打って変った快晴の青空からは、初夏昼間の太陽光線がギラギラと差し込み、思わず眼が眩みそうになった。家の中に入り、すでに首筋から噴き出した汗を拭いながら待っていると、幸恵が手に何かを持って部屋から出てきた。
 「これ、持って行って。大事なものなんでしょ」
 そういって手渡され、見ると壊れた懐中時計が手の中に納まっていた。
 「どうしてこれを?」
 「壊れているのにいつもあなたの書斎にあったから不思議に思っていたの。それで、気になって内緒で雅也さんに聞いちゃった。ごめんなさい」
 淡いブルーのワンピースの前でバツが悪そうに両手を組んでいる。許してもらえるのをわかっていて穏やかな表情ではあったが、それでも真面目に謝ってくる幸恵を見ると、自分の知らない間にいろいろ知られていたことなどどうでもよくなってきた。きっと、彼女なりにいろいろと気を使って、心配してくれていたのかと思うと、何も考えず、逃げて、逃げて、逃げ続けてきた自分が本当に情けないと幹斗は頭を垂れた。思わず、懐中時計を握った手に力がこもる。
 「いや、別に謝ることじゃないよ」
 「この機会に雅也さんとゆっくり話をしてきて。きっとあなたも話したいこと、聞きたいこと沢山あるんじゃないかしら」
 「・・・ああ」
 「私は、これからお義母さんの荷物まとめて、もう一度病院に行くわ。昼ごはん一緒に食べて、話をして。それから、家に帰って夕飯の支度しながら待ってるから。二人ともお腹減らしといてね。夕食の後で雅也さんを見送ったら、今度は私と話をしましょう」
 「・・・わかった」
 「じゃあ、行ってらっしゃい」
 「あのさ」
 「何?」
 いつもの優しい笑顔がこぼれている。この笑顔に何度救われたことか。
 「あ・・・いや、行ってきます」
 幹斗が戻り、車は墓に向かって出発した。そして、十分程山道を走ったところで見えてきた寺近くの駐車場に止めた。
 「よし、行こうか」
 シートベルトを外しながら、雅也が言うと、そのままドアを開けて外へ出た。幹斗も続いて外に出る。
まだ、昨夜の雨が乾ききらずに、ぬかるんだ土が皮靴を包みこんだ。水はけが悪く、ところどころ水たまりをつくっている。日差しが水たまりに反射し、幹斗は顔をしかめた。
 寺やその周りの風景を見ながら歩き、最後にこの地に来たのはいつだったかと考える。詳しくは覚えてないが、高校の時、一人で歩いて来たのだけは覚えている。そして、その日も今日と同じく焼けるように暑かった。
 幹斗は汗ばんだ手でポケットの中の懐中時計を握った。
 久しぶりに来たよ。俺のこと、薄情なやつだと思ってる?秋兄
 墓の前に着くと、雅也が花を差し、墓の横に置いてあった箱を開け、バケツと雑巾を取り出した。
 「昨日雨降ったけど、掃除はしといた方が良いだろう。俺は水汲んでくるから、幹斗は線香と火を用意しといてくれ」
 「わかった」
 用意を整え、幹斗は雅也が戻ってくるまで一人で墓の前に立たずんでいた。風が時折吹き、新緑の葉が擦れて、音を出している。幹斗はポケットから懐中時計を出した。
 「これさ、覚えてる?俺がずっと持ってたんだ。ごめんな、だけど前から欲しかったんだよ、秋兄の懐中時計。・・・それにしても、まさかここに来るなんて思っても見なかったよ。俺もう33だぜ?気づいたら秋兄の2倍以上生きてるんだ。こんな面見ても、誰だか分かんないだろ」
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by komei115 | 2012-08-02 23:58