青い果実の実る頃には

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読書から学ぶもの ~ジーキル博士とハイド氏~

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スティーブンスン著/村上博基訳 光文社 古典新訳文庫 2009年初版

悪とは、何故これほどまでに魅力的なのだろうか。添えられる快楽のスパイスに人は酔いしれる 




前回に引き続いてのスティーブンスン作品である。
『宝島』同様、あまりにも有名過ぎる作品だが、こちらは先述の作品とは異なり、意外と原作を読んだことがない人は多いのではないだろうか。名前は聞いた事あるが、実際に詳しい内容は知らない。私もそんな一人だった。

街中で少女を踏みつけ、平然としている凶悪な男ハイドは、高潔な紳士として名高いジーキル博士の家に出入りをするようになる。ジーキル氏の友人で弁護士のアタスンは、不思議に思い独自に調査を開始する。そんなとき、ハイドによる殺人事件が引き起こされた。

スティーブンスンの描く物語としてのテイストは抜群に面白い。宝島は冒険的な意でのスリル・サスペンスの要素が組み込まれ、期待に胸ふくらませるような無人島の描写に心地良い想像を掻き立てられるが、変わって本作はホラー・サスペンスとしてダークで陰鬱とした風景とともに冷や汗掻かんばかりの話に仕上がっている。ハイド氏の容姿はどんな感じなのか、ドラキュラやフランケンシュタインと並ぶような悪の化身なのかと想像に事欠かない。作中には女性を極力出さず、だからこそ一人身男性の夜中の悪所業が冴えわたって恐さを更に一段階引き出すことに成功している。実に巧みで、洗練されている構造と文章だ。
さて、本作が二重人格、それも人間の善悪の二面性を押し出した作品だと言うことは知っていたが、そこに漂う悪の魅力に何よりも私は引き込まれてしまった。「悪とはなんだろうか」「何故、人は悪に魅力を感じるのだろうか」と改めて考えさせられる。
悪(ここでは社会とは切り離された道徳的悪のみを指す)。それはもしかしたら麻薬に近いのかもしれない。もし、麻薬が酒やたばこのように合法的なものであったとしたら、人は危険と知っていてもそれに手を伸ばすだろう。それは一瞬の快楽を味わうために他ならない。
悪も一緒だ。悪いとはわかっていても、そこで得られる快感に人は飲み込まれることもある。ジーキル博士のような高潔な人物が悪に手を染めてしまったのも、その一瞬の快楽を得るための甘い誘惑にはまってしまったが故だ。ましてや薬によって老いや身分、そして善意というモノで縛られた身心からの解放は、それはもう生まれ変わった気分になったに違いないだろう。
他人を破壊し、自らを破壊する欲望である悪。そこから出てくる蜜は何とも甘い。人間が、最終的にハイド氏を選択する結果になってもそれを咎めることはできない。それほどまでに人間と悪は切っても切れない関係に運命づけられているのだから。
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by komei115 | 2012-10-16 21:13 | Reading&Music