青い果実の実る頃には

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2012年 03月 29日 ( 2 )

それは卒業式の日のことだった。昼を過ぎ、どんよりと濁った灰色をした雨雲の層が厚みを帯びてきていた。
幹斗は、早めに同級生達と別れを告げると、残っていた自分の荷物と卒業証書、卒業アルバム、粗品の入った紙袋を持って家路を急いだ。すると、玄関先で父が腕を組んで幹斗の帰りを待っており、家に着くなり呼び出された。
ひょっとすると、今日くらいは三人で卒業のお祝いをしてくれるのかもしれない。もし、それで「おめでとう!」と笑顔で言われでもしたら、どう対応しよう
まさかとは思いながらも、今までなかった父の対応に心のどこかで両親に期待していた。
座敷に座らされると、父は剣幕な表情を浮かべ、テーブルに何かを放った。母は部屋の隅の方で正座をし、伏し目がちに畳のどこか一点を見つめている。
「これは何だ?」
それは、入学手続きが無事に完了したことを知らせるH大学からの封筒、K大学、T大学の合格通知などの書類の束だった。
「何で・・・これを?」
「つべこべ言うな。聞いているのは俺の方だ。どうして親に黙って勝手に手続きなんかしたんだ?そして何だこれは?文学部?文学部なんかに入ってお前は一体何をするつもりなんだ?担任に電話したらお前、国立の試験受けてすらなかったそうじゃないか。「ご存知なかったんですか?」って逆に驚かれてどれだけ恥ずかしかったか・・・。お前にわかるか?一体どういうことなのか説明しろ!」
話すうちに、怒りが込み上げてきたのか、話し終わると同時にテーブルを平手で叩いた。大きな音と振動で散らばった書類が震える。
今まで想像していた自分が馬鹿みたいだった。密かに膨らんでいた期待がみる影もなく萎み、表情が凍っていくのがわかった。
「俺、その大学に行くから。もう、決めたから。金なら自分一人でどうにかするし、父さんや母さんには一切迷惑かけないんだからいいだろ」
「何を根拠にそんな馬鹿なことを。お前は俺との約束を忘れたのか?国立の農学部か、それがダメならここで働くかのどちらかしかないって。・・・私大になんか行かせないぞ。ましてや農学以外なんてもっての外だ。何の役にも立たん。入学辞退しろ。お前にする気がなくとも俺の方で辞退しといてやる」
「やめろよ!俺はそんな約束なんかしてない。父さんが一人で勝手に言ってたことだろ。それより・・・」
幹斗は母を睨んだ。
「この書類、勝手に人の部屋から持ち出したの・・・母さんだろ?」
母は黙って俯いたままだった。太ももの上に置かれた両の手がキュッと握り合うのが見えた。
みんな勝手だ
その時、どこか遠くの方で音が鳴った。
幹斗は徐に息を吸った。息が肺に流れ込むだけ自分の中の別の何かが膨張し、その分自分が自分でなくなっていくようだった。そして、ある点まで達した時、目が見開かれると同時に、溜まっていた何かが呼気に乗って幹斗の口をこじ開ける。
「何も言えないくせに勝手に人のやること詮索してんじゃねーよ‼」
幹斗は目の前にある書類を一部掴むとそのまま母に向かって思い切り投げつけた。
書類は、大きな音を立てて母の額や腕に当たっては散らばった。
父は驚き、戸惑った顔を浮かべて叫ぶ。
「自分の母親に向かってなんてことするんだ!」
初めて見せる無意識の言動と行動に自分でも驚いた。一気に熱を持った自分の身体から湯気が溢れて沸き立つような感覚を受ける。
「・・・もういいよ。あんた達には初めから何も期待しちゃいないんだ。何も。もう、俺、勝手にやるから」
立ち昇る湯気は、段々と死灰のように黒ずみ、内から外へと溢れ出てくる。衝動は、もう止めることなどできなかった。
幹斗は興奮を抑えるために、一呼吸入れると、ニヒルな笑みを浮かべた。
「あんたらさ・・・俺のこと、憎んでんだろ?あの時からずっと。ずうーっとさ!なんたってあんたらが大事に大事に育ててきたみんなの期待の星の兄貴を殺した張本人だからな、俺は。
なあ、憎いんだろ。本当は俺が死ねば良かったと思ってんだろ!はっきり言えよ。「お前は実秋に比べて才能も可愛げもない」って。「お前は自分達の言うことも聞かないクズだ」って。なあ、はっきり言ってくれよ!「お前なんかイラナイ」って‼」
その瞬間、何かが起こった。それが刹那のような時間だったのか、永遠のような時間だったのか、はっきりはしない。
気が付いた時は縁側の床の上に蹲っていた。
午前中に差し込んだ日差しで微かに温もった床が妙に柔らかく感じられた。窓には蜘蛛の巣のような罅が入り、ミシミシと音を立てて静かに震えている。窓の外では雀がしきりに囀り、暫くして何処かに飛んでいった。
口の中は切れ、鉄の味が拡がり、左頬から顎にかけての感覚はなかったが、あまり痛いとは思わなかった。その痛みよりも、胸の奥の方が鈍く痛んだ。
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by komei115 | 2012-03-29 20:23
その一言に背中を押された。身体の奥から奮い立った気がした。
覚悟を決めるんだ。俺には最高の後ろ盾がついていてくれてるんじゃないか
もう遠慮の気持ちはなかった。
「ありがとう、雅兄。俺・・・大学行きたい!大学行って小説のこともっと頑張ってみたい。自分の可能性に賭けてみたいんだ。迷惑かけるし、もしかしたら別の方向になっちゃうかもしれないけど、応援していて欲しい。お願いします」
「おお、よく言った。でも、やってもいないのに別の方向性なんかだして弱気になるなよ。今はひたすら思ってることに挑戦してみろ」
「そうだね、ごめん」
「期待してるからな。頑張れ」
「うん。なんだかやる気になってきたよ。・・・俺、大阪の大学受けてみようかな。できれば雅兄の近くにいたいしさ、雅兄も何かと手間省けるでしょ?」
「そうだなー・・・」
雅也はしばらく考えを巡らせ、コーヒーのおかわりを注文した。
突然、「カキンッ」と白球を打つ鋭い快音がテレビから響き、続いて観客の歓声の沸く音が流れる。店内にいる客とマスターがテレビに注目し、球の行く末を見守った。
打球はセンターへとぐんぐん伸び、快晴の青空のもとに聳えるスコアボードを叩いた。意外な結末に、解説の実況は熱を入れて叫んでいる。7番打者による逆転サヨナラ2ランだった。
「野球ってさ、最後の最後まで結果がわからないから楽しいよな。Jリーグが始まって二年くらい経ってサッカーブームが沸いているけど、俺は野球の方が好きだな。特に高校野球」
「うん、俺も好きだよ。小学生の時、一緒にタッチ見てたよね。キャッチボールなんかもよくしていたし。三人でさ」
「ああ。懐かしいな・・・」
雅也はあの頃を思い出すように遠くを見ていた。
兄弟って難しい。どうしても家族や他人からの期待と愛情を奪い合ってしまう。秋兄がいなくなって悲しかったけど、正直ホッとした部分もあった。 出来の悪い兄が、出来が良かった死んだ弟に代わって甲子園を目指してマウンドに立つ物語か。俺にはそんな大それたこと出来ない・・・
「あのさー、さっき言ってたこと。考えたんだけど、お前は東京に行けよ」
「えっ、なんで?」
「刺激を求めて、一番環境が良く、それでいて勝負し甲斐があるのはやっぱり東京が一番だと思う。バブルがはじけたの不景気だのと言ったって日本の中心には変わりないんだし。後・・・まあ・・・そうだな。お前は一旦一人になってじっくりいろんな事を考える必要もあるんじゃないかな。俺の近くにいるとどこかで甘えちゃうだろ?自立というか、離れてみて初めて見えてくるものがあると思うんだよ、きっと。だから東京。東京で頑張ってみろよ」
大阪行きを賛成してくれなかったのは寂しかったが、自分のことを誰よりも考えてくれている雅也の言葉が嬉しく、東京に行くことを決めた。
高校最後の夏が終わり、勝沼に戻ってからは、大学受験に向けてただひたすらに勉強に打ち込んだ。秋が去り、冬を迎え、北風吹き荒れる中、親に内緒で東京の文学部で有名な私大を2、3受け、第一希望のH大の合格を果たすことができた。
国立の共通一次の試験日が近づくと、父から「勉強は進んでいるか?」「ちゃんと勉強するんだぞ」などと小言を言われることが増えたが、適当に返事をし、試験は受けなかった。
早めに手続きを済ませ、雅也が保証人の下で三ノ輪近辺に部屋を借りた。
雅也はその年に起こった阪神淡路大震災に被災し、慌てた日々を過ごしていたにも関わらず、東京まで出てきて家具や電化製品の買い物を手伝ってくれた。
全てのことが順調に行っているように見えた。トウキョーは、寒空を跳ね返すような人の活気と、輝くネオンの熱に満ちている。空気は濁り、霞んでいても、そこに溢れ出す潤いを感じた。
この場所は俺に可能性を、未来を与えてくれる。大丈夫、きっと上手くやれる
三月に入った。目覚ましい春の足音はまだ聞こえないが、風が少し春味を帯びた気がする。
新たなスタートに向け、風薫る時間とともにようやく走り出せそうな気がした。
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by komei115 | 2012-03-29 02:31